第292話 友好の証
本が世間に出回った反響はそれなりにあった。
それなりに大きな街とはいえ、ひとつの街に話題が広まるのはあっという間のようだ。
冒険者ギルドには、冒険者の他に本を読んだという一般人が足を運ぶようになった。
ラニーニャで僕のことを書いた新聞が発行された時のことを思い出すよ。
僕は鑑定業務に勤しむ傍ら、僕を尋ねてくる人たちと言葉を交わすようになった。
彼らと話をする度に、僕は本の内容は全て真実であり、魔族は本当に人間と友好関係を築きたがっているのだということを熱心に語った。
そうして日々を過ごすようになって日数が経ち。
季節が移り変わり、秋もいよいよ終わりに近付いてきたかという頃。
1人の旅人が、僕を訪ねて冒険者ギルドに訪れた。
「イオさんですね」
その旅人は、喉元に黒い鱗がある長い黒髪の男だった。
黒い鱗は、多くの魔族に見られる種族としての特徴だ。
今までだったら魔族だと知っただけで身構えていたけれど、魔族が友好的な種族だと知っている今では警戒する気持ちは起こらない。
魔族が、一体何の用でこんなところに?
「私はライアスと申します。本日は我が王の使いとして参りました」
ジェラルディンの?
ライアスさんは懐から何かを取り出した。
掌に収まるほどの小さな箱だ。
指輪を納める時に宝飾店が使うような小箱、あんな感じのちょっと高級感が漂う箱である。
彼はそれを、僕へと差し出してきた。
「まずはこちらをお受け取り下さい」
訝しがりながらも僕は箱を受け取り、蓋を開いた。
中には、指輪が入っていた。
色は黒。竜の横顔を象り、瞳の部分には水晶だろうか、透明な石が填め込まれている凝ったデザインの一品である。
「これは?」
「先日、王が貴方が書かれた本をお読みになられました。その内容に、王はいたく感銘を受けていらっしゃいました」
あの本……ジェラルディンも読んだのか。
ヨシュアさんが魔族の国にまで巡業に行くはずはないし……どうやって本を手に入れたのだろう。
「貴方の本は、今や広く知られ、多くの人間に読まれています。話は人を渡って伝わり、貴方たち人間の王の元にも届いているとか」
あの王様にまで話が伝わっているとは。
僕が思っていた以上に、話の規模は大きく膨れ上がっているらしい。
「近々、貴方たちの王の都より使者が我らの国に向けて出されることになったようです」
それは初耳だ。
おそらく、話の真偽を確かめるために魔族の国へ人を向かわせることにしたとか、そんなところなのだろうが……
しかし、それは人間側にとっては大きな進歩である。
今まで王都はそういうことをする素振りが全然見られなかったから、彼らの考えを変えるのは一筋縄ではいかないと思っていたのだが。
これで使者が今の魔族の国の姿を目にして、それを王族に伝えたら、人間と魔族の和睦はぐっと現実に近くなるだろう。
「その指輪は、我ら魔族と貴方方人間の和平に繋がる重要な架け橋となられた貴方の功績を認めて、我が王がお作りになられた品です。感謝と友好の証として是非とも受け取ってほしいと申しておられました」
成程……友好の証か。
最初に渡された時は何だろうと思ったが、そういう品であるのなら喜んで受け取ることにしよう。
そうすることもまた、人間と魔族との友情に繋がるのだろうから。
「ありがとうございます。受け取らせて頂きます」
「またいつでも我が国にいらして下さい。お待ち申しております」
その申し出は有難いけど……ダンジョンに徘徊してる魔物の対処法が確立してからかな。
僕は有能な冒険者ではないから、何でも気軽にとはいかないんだよ。
魔族たちの方で何とかしてくれないものかな。ダンジョンの魔物の問題。
「では、失礼致します」
ライアスさんは深々と一礼すると、外套を翻して冒険者ギルドの外に出ていった。
僕は小箱から指輪を出して、左手の中指に填めた。
指輪は僕の指のサイズを知っていたんじゃないかと思いたくなるくらい、指にフィットした。
人差し指に魔法の道具、中指に竜の指輪。
指輪を複数填めるって、何だか魔道士になった気分だ。
この指輪がある限り、僕は魔族に対する思いを忘れることはないだろう。
これからも、多くの人に魔族との和平についてを説いていこう。
そう思う一時になった。




