第29話 ランメイから来た魔道士
「おはようございます」
朝。冒険者ギルドに出勤した僕の目に飛び込んできたのは、はたきを手にしたヘンゼルさんとカウンターを挟んで何やら熱心に話している冒険者らしき少女の後ろ姿だった。
百合の花のような形をした白い法衣を纏い、大きな杖を背負った出で立ちは魔道士のものだ。
こんな朝早くから、魔道士が冒険者ギルドに何の用事なのだろう。
ヘンゼルさん、微妙に困ったような表情をしてるし。
此処は助け舟を出しておくべきか。
「ヘンゼルさん、どうしました?」
「あらおはようイオちゃん。ちょっと聞いてくれる?」
ヘンゼルさんは僕の顔を見るなり話を切り出した。
「この子、イヴちゃんっていうの。ランメイから来た魔道士なんですって」
イヴ、と名を呼ばれた少女は僕の方に振り向いて、ぺこりと頭を下げた。
ランメイとは、ラニーニャから遠く離れた東にある街の名前だ。ラニーニャよりも大きく、街中にダンジョンがある街として有名な場所である。
僕は行ったことはないが、ラニーニャのように冒険者ギルドを始めとするギルドが一通り揃っている街らしい。
「何でも、魔法を冒険者でない一般の人たちに広めるための講習会をあちこちで開いてるらしいのよ」
魔法を……一般人に?
それは、魔物に対抗するための護身術として魔法を教えているということなのだろうか。
イヴさんは胸元に握り拳を持ってきて、力説し始めた。
「圧縮魔法とか照明魔法とか、世の中には生活の役に立つ魔法がいっぱいあります。冒険者でなくても、そういう魔法が使えれば暮らしがもっと便利になると思うんです!」
……ああ、そういう魔法ね。
確かに魔法の中には、戦闘の役には立たないような──言ってしまえば生活の知恵のような魔法がたくさんある。
明かりを点すだけの魔法や、物体を浮遊させるだけの魔法など。圧縮魔法もそういった魔法のひとつだ。
確かに、そういう魔法が使えれば、日々の生活が楽にはなると思うが──
「是非この街でも講習会をと思い、こちらのギルドマスターさんに場所と機会の提供をお願いしていたところなんです」
冒険者ギルドは多くの人間が出入りする場所だ。出入りする人間の中には、冒険者以外にも、職人ギルドの人間や仕事を依頼しに来た一般人など様々な者がいる。
ヘンゼルさんは顔が広い。彼伝いならば、街中に話が広まるのも早いだろう。
成程。それで、彼に依頼していたというわけか。
別に、頼みを聞いてあげてもいいんじゃないかな。冒険者ギルドが損をするような話でもないわけだし。
僕は眼鏡を取り出して、それを掛けながらヘンゼルさんに言った。
「僕はいいと思いますよ。便利な魔法が世に広まるのは悪いことじゃないと思いますし」
「アタシも別に講習会云々の話に反対してるわけじゃないのよ。ただ……」
ヘンゼルさんは溜め息をついた。
「講習会の場所として提供できるところがねぇ……このギルドの交流スペースくらいしかないの。そんな狭い場所じゃ何だか申し訳ないって言うか」
「場所がお借りできるだけで十分ですよ! 場所がなかったら講習会自体が開けないわけですし!」
力強く言うイヴさん。
ヘンゼルさんはふっと肩の力を抜いて、口元に僅かに笑みを浮かべた。
「そう? ならアタシから言うことは何もないわ。講習会の話、冒険者ギルドが責任を持って引き受けるわよ」
「ありがとうございます!」
「クエストボードに貼り出しておくわ。講習会はいつ開くのかしら?」
「えっと……」
込み入った話をし始める2人を見つめながら、僕は下ろした鞄をカウンターの奥に置いた。
便利魔法の講習会か……僕も参加してみようかな。
後でヘンゼルさんに話をしてみよう。
名札を表にして掛け直し、僕は2階へと移動した。
作業場の机の上には、昨晩鑑定依頼を受けたと思わしき品物が山になって置かれている。
髪飾り。ブレスレット。ピアス。宝剣。宝石箱……
今日も大量だ。
さて。鑑定を始めますか。




