第285話 投じられた一石
喫茶店でお茶を楽しんだ僕たちは、城下町を散策した。
通りには、色々な店が並んでいた。食品店、宝飾店、本屋……
見ていて不思議に思ったのは、武器や防具を扱う店が全くないということだ。
服を売る店はあったけど、あれはどう見ても一般人向けの衣服を扱う店だったし……
きっと、魔族の世界には冒険者という職業が存在していないのだろう。
でもそうすると、戦士や魔道士はどのようにして武具を調達しているのだろうという疑問が浮かぶ。
ちょっと見て回っただけじゃ分からないこともあるんだな、と思った。
「わっ」
周囲の様子に気を取られていると、何かがぽすっと僕の膝にぶつかった。
それは、見た目3歳くらいの小さな男の子であった。
魔族らしく、顎や鼻の頭に黒い鱗がある。
「ごめんよ」
「わ、人間だっ」
僕が謝ると、僕の顔を見た男の子が声を上げた。
怯えているというよりも、単純に僕やフェルディユさんという人間が此処にいることに驚いている様子だった。
というか、僕たちが人間だって分かるんだな。こんなに小さかったら国の外に出たことなんてないだろうに。
「凄い、人間なんて初めて見たっ」
男の子は僕たちの周囲を回りながら、僕たちを興味津々と見つめてきた。
僕はその場にしゃがんで、男の子に尋ねた。
「君は、人間が怖くないの?」
「何で?」
きょとん、と小首を傾げて男の子が言う。
「人間は僕たちと仲良く暮らしたがってるってジェラルディン様が言ってたよ。いつかこの国にも人間が来るようになるから、皆で国を良くしていこうねって仰ったんだ」
ジェラルディンは国民にそんなことを言ったのか。
どうやら、魔族の国では人間と交流を持つ準備が少しずつ進められているようである。
それと比較して、人間側の敵対心の多さは何なんだろう。
まあ、仕方のないことだとは思うのだが。一部の魔族が人間に敵対的だったせいで、魔族は人間に害なす存在だってイメージが定着してしまっているからね。
「ぼく、もっと大きくなったら人間の国に行くんだ。そこでたくさんの人間の友達を作るんだー」
こういうのを見ているとほっこりする。つい応援したくなるね。
僕は笑って、男の子の頭を撫でた。
「人間の国は広くて色々なものがあるんだよ。大きくなった時に全部見て回れるように、今からたくさん歩く訓練をしておかないとね」
「うん!」
男の子はばいばい、と僕たちに手を振って、通りを駆けていった。
僕たちの遣り取りを横で見ていたフェルディユさんが微笑みながら言った。
「魔族でも子供は純真ですね。裏表がなくて見ていて安心できます」
確かに、同じ魔族でも大人が相手だと何か裏があるんじゃないかってつい勘ぐってしまうけど、子供が相手だとそんな気は起こらない。
この国の実情を知るには、子供を見るのが一番手っ取り早いんじゃないかって思ったよ。
「あの子が大人になって私たちの世界に来た時に幻滅されないような国作りをしていかなければなりませんね」
「……そうですね」
男の子が去っていった方を見つめながら、僕は頷いた。
人類の、魔族に対する認識を変える──一筋縄ではいかないことではあるけれど、そうすることが、この国に招待されて魔族の本当の姿を知った僕たちに与えられた役割なのだろう。
少しずつ、足下から変えていこう。いつかこの認識が、世界の当たり前になるように。
その思いを胸に、僕は唇をきゅっと引き締めたのだった。




