第282話 魔族の国
魔族の国までの旅は、驚くほど順調だった。
魔物の襲撃は何度もあったが、その度にジェラルディンが『交渉』して追い払ってくれたのだ。
流石は魔王、魔物の扱いはお手の物ってことらしい。
今回の旅はスノウが同行してないのでどうなることかと心の底で思っていたが、この分なら心配はいらなそうだ。
ジェラルディンが自分の発言には責任を持ってくれる存在で良かったよ、本当に。
タロイのダンジョンの最深部。何もない壁の前で、ジェラルディンは立ち止まった。
「此処が国の入口さ」
「此処……?」
僕は壁を見た。
何処からどう見ても、普通のダンジョンの壁だ。隙間もなければ、罅もない。綺麗な……と言うと語弊があるかもしれないが、何もない平面がそこにあった。
「どう見ても、壁ですけど」
「まあ、人間にはそう見えるだろうね。でも此処が正真正銘の入口なんだよ」
ジェラルディンは壁に近付いていき、左手で壁に触れた。
すると、壁が微妙に波打って──
ジェラルディンの左手が、壁の中に埋没した。
「此処に手を触れてごらん。中に入れるから」
ジェラルディンはそう言い残し、僕を置いて壁の向こうへと姿を消してしまった。
凶悪な魔物が徘徊している場所に1人ではいたくない。
僕は慌てて壁に手を触れた。
ジェラルディンの時のように、壁が波打ち、僕の手が壁を突き抜けて中へと入っていく。
通り抜けている、という感覚はない。目に映っている光景を考えると奇妙な感じだ。
僕はそのまま、身体をゆっくりと壁に近付けていく。
壁は、僕の身体を飲み込んで──
視界が一瞬闇に閉ざされて、開けると、そこには見たこともない街並みが広がっていた。
空は真っ黒だが、大地は昼間のように明るい。いつかのアナザーバイブルの中の世界を彷彿とさせる。
白い古風な民家が並ぶ通りは、僕たちが住む人間の街に通じるものがある。この国にも商店街とか、そういうものは存在しているのだろうか。
通りを歩く人々は、皆髪が黒く頬に黒い鱗が浮き出た顔をしている。僕が今までに見てきた魔族の身体の特徴がよく現れている姿だ。彼らは唐突に街に現れた僕のことを気にする様子はなく、そ知らぬ顔をして通りを往来している。
僕より先に国に入ったジェラルディンは、僕から少し離れた位置で、僕が来るのを待っていた。
「此処が僕の国。君たちが住んでいる街と、見た目はそう変わらないでしょう?」
ちゃんと店もあって商売も成り立っているんだよ、と彼は説明してくれた。
魔族の国にも物流ってあるんだな。ちょっと意外だ。
「僕が保護している人間は、僕の家にいるよ。まずはそこまで行こうか」
ジェラルディンは右手の杖で、通りの一方を指し示した。
そちらには、建物の群れに埋もれるようにして建っている城の屋根が見える。
家って……城じゃないか。
まあ、魔王なんだし城を家だと言っても不思議じゃないか。
通りを先行するジェラルディンの背中を追って、僕は魔族の国での1歩を踏み出した。




