第28話 モッツァレラチーズのトマトリングイネ
「それでは、お疲れ様でした」
「お疲れ様イオちゃん。また明日ね」
夕方になって仕事を終えた僕は、日暮れ時を迎えても相変わらず賑やかさが絶えないラニーニャの街並みを歩いていた。
向かっているのは、シルフの鍋亭だ。
約束通りヘンゼルさんから特別ボーナスと称して金貨2枚を受け取り、懐が温まったので、夕飯は少々豪華にしようと思ったのである。
何を食べようかな。200ガロンもあれば普段は高くて手が出ない高級料理も余裕で手を出すことができるぞ。
魚介づくしのフルコースとか、いっぺん味わってみたかったんだよね。
自然と湧いてきた唾を飲み込んで、僕は料亭の入口をくぐった。
「いらっしゃいませー」
夕飯時にはまだ微妙に早いということもあって、店内は比較的空いていた。
店員さんに案内されて席に着いた僕は、メニューを開いた。
メニューには一回り小さな紙が挟んであり、そこには現在料亭で行っているフェアのことが書かれていた。
何々……新作春のパスタフェアか。
手打ちの生パスタを使用した自慢の一品と紹介されたパスタ料理の数々が、ずらりとイラスト付きで載っている。
牛肉をふんだんに使用した特製ボロネーゼ。
菜の花とミニアスパラのペペロンチーノ。
魚介盛りだくさんのスープパスタ。
産みたて卵のカルボナーラ。
……目移りする。どれも美味しそうだ。
いかん、涎が出てきた。
運ばれてきた冷茶に口を付け、僕は改めてメニューに目を向けた。
ちょっと高級な料理もいいけど……たまにはフェアに乗っかってみるのも悪くないな。
さて、何を注文しよう。
悩む僕の目に、ひとつの料理が目に留まった。
モッツァレラチーズのトマトリングイネ。
たくさんの野菜とチーズを使用したトマトソース味のパスタらしい。
たくさんの野菜というと……この時期だと春野菜だろうか。
具沢山のパスタ……いいね。
これにしよう。
僕は店員さんを呼んで料理を注文した。
料理を待つ間、周囲の客たちが交わす世間話に注意を向けてみる。
客の大半はこの街を拠点にしているらしい冒険者で、実に様々な話を聞くことができた。
遠くの地方にあるダンジョンの話や、仕事の話など。
話を聞いていると、僕自身がその地を実際に冒険しているかのような感覚になる。
僕には魔物と戦う勇気も技能もないけれど。
冷茶入りのカップを傾けて、ほう、と一息。
「お待たせしました」
店員さんが料理を運んできた。
僕の目の前に、湯気と香りの立つ皿が置かれる。
茄子、ズッキーニ、パプリカの角切りが実に色鮮やかなパスタだ。それらの色がトマトソースの赤をより引き立てて、一層料理を美味しそうに見せている。
好みで使うようにとハバネロソースを渡されたけど、これは使わなくてもいいかな。
僕はフォークでパスタをよくソースと絡めて、口に運んだ。
トマトの酸味が口の中一杯にふわりと広がる。
……美味い。文句なしだ。
野菜に適度な歯応えがあって、それが食べ応えを生んでいる。
それ以上に角切りチーズのもちもちとした食感。パスタの歯応えに劣らないそれは、食欲を刺激して次へ次へと手を動かさせようとしてくる。
全く、たまらないね。
僕は無言で手を動かし、パスタを頬張った。
トマトソースがさっぱりとしているけど、腹にずっしりと溜まる、そんな料理だった。
これで8ガロンなんだよ。財布の中身的にも満足だ。
空になった皿にフォークを置いて、僕は紙ナプキンで口元に付いたソースを拭った。
フェアはしばらくやっているようだから、次に来た時は別のパスタを注文してみようかな。
身も心も満足した僕は冷茶がなくなるまでのんびりと席で過ごし、夜の穏やかな一時を満喫したのだった。




