第278話 ダンジョンが齎す災禍
「ありがとな、また来てくれよ」
今日も、多くの冒険者が冒険者ギルドを利用しに訪れた。
その大半はクエストボードの利用者で、報酬の遣り取りが頻繁に行われた。
買取業務は全くないわけではなかったが、今までと比較すると随分と少なかった。
ダンジョンが様変わりした影響は、相変わらず続いているようだ。
ダンジョンの中が一体どうなっているのか、興味はある。
歴戦の冒険者でも探索に苦労するほどの、凶悪な魔物が徘徊しているという領域──
そんな場所を調査に行った王都の調査隊は今頃どうしているのだろうか。
「冒険者も様子見してるんだろ」
ノーグさんはこれも一時的なものだろう、と言っていた。
冒険者は冒険をしたがる人種だから、いずれはダンジョンに挑戦する者が現れるだろう、というのだ。
おそらく王都の調査隊がダンジョンに入っている間は今のような状態が続き、調査隊が帰還してダンジョンの情報が開示されれば冒険者がダンジョンに入るようになるはずだ、というのがノーグさんの考えらしい。
僕も、そんな気がする。冒険者は何かに挑戦する時は下準備を入念にするからね。
何にせよ、状況が動くのは調査隊が帰還してからか。
それまでは鑑定の仕事は暇になりそうだなぁ。
まあ、鑑定以外にもやることはあるから、給料泥棒にはならないけどね。
僕はクエストボードを見上げた。
ここ最近で一気に数が増えた討伐系の仕事は、受注している冒険者はそれなりにいるはずなのだがそれでもまだ多くの受注書が貼り出されている。
ポイズンスウォームの討伐、レッドベアの討伐、フライングキャットの討伐──
街の外壁の調査、なんて仕事もある。魔物が増えたから、街の安全を保つために作られた仕事なのだろう。
こうして見ると、街の平穏は冒険者の手で作られているんだなって改めて思わされる。
「重要な施設なんですね。冒険者ギルドって」
「唐突にどうした? 今更なことを言い出したりなんかして」
僕の呟きを拾ったノーグさんが苦笑しながら言った。
「冒険者ギルドは街と冒険者とを繋ぐ役割を担ってるんだ。冒険者ギルドがなかったら困るのは冒険者だけじゃない。街も困るのさ」
冒険者ギルドがなかったら、誰が街の頼み事を聞く? 冒険者に生活の場を与える?
冒険者ギルドは、皆にとっての架け橋なのだ。
「此処でやってる仕事は、小さなことでも重要なことばかりだ。だから小さい仕事だからって手を抜いたりするんじゃないぞ」
「それは分かってますよ」
僕は眼鏡の位置を直しながら答えた。
仕事をさぼろうなんて考えたことはないよ、僕は。
それじゃ、鑑定の仕事がない鑑定士は大人しくギルドマスターの助手でもしていますかね。
僕はすぅっと息を深く吸って、カウンターに入ろうとした。
それとほぼ同時だった。
魔道士と思わしき服装の男を肩に担いだ剣士が、転がり込むように冒険者ギルドに入ってきたのは。
床にぱたぱたと滴り落ちる真っ赤な血。
剣士は全身で荒い呼吸をしながら、ギルドの中を見回して、言った。
「お願いだ。誰か、ポーションを……」
表情を一気に険しくしたノーグさんが、カウンターから出てきて剣士に近付いた。
「酷い怪我だな。その状態で此処まで歩いてきたのか?」
「……手持ちのポーションで一応治療はしたんだ。それでもこれだけしか治せなかったんだ……」
肩に担いだ魔道士に目を向けて、剣士が言う。
滴り落ちている血は魔道士のものか。
「分かった。ギルドの在庫を出してやる。その代わり何があったか話せ」
ノーグさんは大声で何処かにいるジンさんにポーションを持ってくるよう呼びかけた。
これは、急いで治療した方がいいな。
僕は2人に歩み寄って、片膝をついた。
魔道士の胸から腹にかけてがざっくりと裂けている。塞がりかけの傷もあるが、大半は開いたままだ。
何をどうすればこんな怪我をするんだろう。
と、訝っている場合ではない。治療しないと。
僕は意識を集中させて、ヒーリングの魔法を唱えた。
魔道士の胸から滴っていた血が止まる。
何とか、傷の具合を軽くするのには成功したようである。
「ありがとう」
剣士は僕に礼を言って、すぐに表情を引き締めてノーグさんに視線を移した。
ふーっとゆっくり息を吐いて、言う。
「竜が、出たんだ」
「!」
竜、の一言にノーグさんの片眉が跳ねる。
「街の傍に、青い竜が……何とか倒したけど、この通り被害は甚大で……持ち帰る余裕なんてとてもじゃないけどなかったよ」
「それは街から見てどっちの方角だ?」
「西だ。ダンジョンがある方角だよ」
「……ダンジョンから流れてきたな」
それは僕も同じことを思った。
でもまさか、竜まで出るなんて。
王都の調査隊は、フェルディユさんは無事なのだろうか?
ジンさんが運んできたポーションで2人の治療を始めるノーグさんたちを見つめながら、僕は今何処にいるかも分からない調査隊の安否を思ったのだった。




