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第272話 投獄

 カビのような臭いが鼻につく。

 何処かで別の囚人が騒いでいる声が小さく耳に入ってくる。

 備えられているベッドは固く、シーツはいつ洗濯したのかも分からないくらいにくすんだ色をしている。

 窓はなく、今が何時なのかも分からない。

 鉄格子は、魔法を受けても大丈夫なように特別な素材を使って作られているのだと看守が言っていた。黒光りした表面はそこだけ磨かれているかのようにつるつるで、汚れひとつ付いてはいなかった。

「イオ、いつまで此処にいるの?」

 ベッドの上でころころと転がっていたスノウが、転がるのをやめて僕に問いかけてくる。

 僕はそれには答えず、スノウの頭を撫でてやった。

 ──魔族の疑いをかけられて捕らえられた僕は、スノウと一緒に城の地下にある牢獄に入れられていた。

 ジェラルディンが捕まった、という話は聞いていない。彼はおそらく既に王都を出て、彼の国があるというタロイのダンジョンに帰ったのだろう。

 僕は、鑑定士が此処に来るのを静かに待っていた。

 投獄される時に、僕が主張したのだ。僕は魔族じゃない、鑑定でも何でもして調べてほしいと。

 一応その主張は聞き届けられたようで、鑑定士を連れてくるからそれまで大人しく此処で待っていろと兵士に言われたのだ。

 早く来て、僕の身の潔白を証明してほしい。

 こんな前に誰が使っていたのかも分からない場所で一夜を明かすのは御免だった。

「……はぁ」

 僕は溜め息をついた。

 痒くなった首の辺りを掻いて、看守がいる方に目を向ける。

 上階に続く階段の明かりがゆらりと揺れて、人の影を作り出した。

 誰かが下りてきたようだ。

 兵士を伴って此処に来たのは、深緑色の法衣ローブの上に焦げ茶のコートを羽織った金髪の女性だった。

 女性はまっすぐに僕が入れられている牢屋の前までやって来ると、掛けているモノクルの位置を正して僕の顔をじっと見つめた。

「ひょっとして……イオさんですか?」

 その声は──

 僕は目を瞬かせて、頭に浮かんできた女性の名前を口にした。

「フェルディユ、さん?」

「お久しぶりです。まさかこんな場所でお会いするとは思っておりませんでした」

 彼女は、口元に手を当てて小首を傾げた。

「何をなさったのですか? 牢に入れられているなんて」

「誤解です」

 僕はきっぱりと言い切った。

 僕が魔族の疑いを掛けられて此処に投獄されたことを説明すると、彼女は成程といった様子で頷いた。

「王都は魔族が此処に攻めてくることを警戒しているんです。投獄されただけで済んだのは運が良かったかもしれませんよ」

 下手をしたらその場で殺されていた、と言われて、僕は身震いした。

 流石に手違いで殺されたのではたまったものではない。

 フェルディユさんは看守に「この方たちは人間です。私が保証します」と告げて、鉄格子の鍵を開けるようにお願いしてくれた。

 扉が開かれて、僕はスノウを連れて牢屋の外に出た。

 やっと解放されたよ。牢屋に入れられるのはもう懲り懲りだ。

「ありがとうございます。助かりました」

「いいえ」

 フェルディユさんは微笑で応えた。

「せっかくですから、少しお話しませんか? 貴方と一緒にいた魔族の話……聞きたいです」

「分かりました」

 彼女は恩人だし、僕にできることでその御礼ができるなら喜んでしてあげたいと思う。

 僕はフェルディユさんに連れられて、牢屋を後にした。

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