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第266話 朝の来訪者

感想を頂きました。ありがとうございます!

ヘンゼル氏は主人公に対して「立派な鑑定士として活躍していってほしい」という願望を持っています。それが彼をダンジョンに送り出す行動に繋がっているのですが、決して彼の命を軽んじているわけではないのです。……それならもう少しダンジョン行きを嫌がる主人公の言葉も聞いてやれよと言いたくもなりますね。それはごもっともです。

 朝。僕は日の出と共に目が覚めた。

 首が痛い。馬車の席に座った格好で無理矢理寝ていたのが堪えたのかな。

 スノウは席にころんと横になって寝息を立てている。

 ジェラルディン君は既に起きていて、地平線の上で輝いている太陽をのんびりと眺めていた。

 御者は馬の横で両腕を豪快に振りながら体操をしていた。朝早くから元気だね。

 僕が身じろぎすると、僕が起きたことに気付いたらしいジェラルディン君が視線を僕へと向けてきた。

「よく寝てたね」

「……首は痛いですけどね」

 僕は微苦笑して、全身を伸ばすために馬車から降りた。

 足下に、複雑な文字の連なりが書かれているのを見つける。これは昨日ジェラルディン君が書いていた結界を作る文字か。

 魔道文字……とは違うようで、何と書いてあるかは読めない。

 改めて、ジェラルディン君って凄い魔道士だったんだなという認識が僕の中に生まれた。

「おはようございます」

「おはようさん。今日も張り切って走るから、身体は今のうちに動かしておいてくれよ」

 今日中にできるだけ距離を稼ぎたい、と御者は言った。

 確かに、馬車の中では満足に身体は動かせない。今のうちに全身をほぐしておかないと、固まってしまうだろう。

 僕は頷いて、全身を伸ばすべく両腕を振り上げた。

 それと同時だった。

 何処からか飛来した1本の矢が、かつっと音を立てて馬車の前に転がり落ちたのは。

「この御時勢に旅行かい? いい御身分じゃねぇか」

 辺りの木陰からばらばらと姿を現したのは、武装した20人ほどの男たち。

 如何にも野盗です、と言わんばかりの装備を身に着け、下品な笑い声を漏らしている。

 僕と御者はぎょっとして彼らの方を見て、慌てて結界を生み出している文字の連なりの内側に身を引いた。

「この辺りの道は俺たちが管理してるんだ。通行料として有り金を置いてってもらおうか」

「へぇ。盗賊なんて本当にいるんだね。初めて見たよ」

 ジェラルディン君が暢気に野盗たちを観察している。

 その表情は珍しい生き物を見ているかのような顔で、まるで緊張感というものがなかった。

 僕は後退りしながら、彼に言った。

「ジェラルディン君。結界、本当に大丈夫なんですよね?」

「平気だよ。僕たち以外は入って来られないし、例え大砲を撃ち込まれても防いでくれる。僕が作ったものだからね」

 その自信は何処から湧いてくるのか。

「でも……万が一ってこともないとは限らないか。何事にも想定外ってあるからね」

 ジェラルディン君は馬車を降りた。

 横を通り過ぎざまに僕の腕をぽんと叩いて、結界の外へ。

 馬車の前に立ち塞がるように、野盗たちの前に進み出た。

「掃除しちゃおうか。相手は害悪、遠慮はいらないよね」

「随分とナメた態度を取ってくれるチビじゃねぇか」

 おそらくリーダー格だろう。大きな斧を手にした厳つい顔の男が、ジェラルディン君を睨んで声を張り上げる。

「大人しく金目のものを差し出せば命は助けてやろうと思ったが、気が変わった! 野郎共、皆殺しにしてやれ!」

『おう!』

 男たちが手にした得物を構えながらこちらに迫ってくる。

 ジェラルディン君は肩を大きく落として溜め息をつくと、杖を持った手をくるりと円の形に動かした。

「宣言するよ。君たちは、僕には触れない」

 続けて杖に付いた竜の頭を、十字を切るようにさっと動かした。

「僕に命乞いをする。その未来が見えるよ」

 彼の、影が──

 蝋燭の炎に照らされた影のように、ゆらりと揺れて大きく膨れ上がった。

「シャドウファング」

 竜の形に変化したジェラルディン君の影が、高速で野盗たちに襲い掛かる。

 斧を振り上げたリーダー格の男に頭から覆い被さり、

 ばつん!

 ぶじゅ、と血と臓腑を撒き散らして、男の下半身がその場に倒れた。

 影の竜が閉じた口を開く。

 噛み砕かれてばらばらになった男の上半身だった──肉が、ぼとぼとと赤を纏いながら地に落ちた。

「!?」

 野盗たちの足が止まる。

 影の竜は元のジェラルディン君の影になり、消えた。

 ジェラルディン君は唇をぺろりと舐めて、杖を野盗たちに向けた。

「アシッドレイン」

 勢いの強い雨が、何もない虚空から生まれて野盗たちに降り注ぐ。

 それを浴びた野盗たちが、武器を取り落として顔を押さえた。

「が……っ!?」

「目が! 顔が、焼ける!」

「痛ぇぇぇ!」

 雨を浴びた野盗たちの顔が、身体が、ぐずぐずに溶け崩れていた。

 これは、ただの水ではない。酸だ。

 今のは強力な酸を雨にして降らせる魔法だったのだ。

「まだやる?」

 ジェラルディン君が問いかける。

 野盗たちはよろよろと後退しながら、口々に騒ぎ始めた。

「俺たちが……俺たちが悪かった! 殺さないでくれ!」

「痛ぇよ、助けてくれ!」

「あぁぁ、顔が、手があぁぁ」

 一瞬にして地獄絵図と化した眼前の光景を眺めながら、ジェラルディン君は笑った。

「ほら、言ったでしょ。僕に命乞いをするって」

 杖で足下をとんと突いて、言う。

「10秒待ってあげる。その間に消えて」

 野盗たちは我先にとその場から駆け出し、僕たちの目の前から姿を消した。

 後に残ったのは、リーダー格の男の死体と野盗たちが残していった得物の数々。

 そして肉が溶ける異様な臭いと、血の臭いだ。

「……愚か者には天罰を。必然だよね」

 こちらに振り向きながら肩を竦めるジェラルディン君。

 悪人とはいえ人を殺しておきながら、その態度は全く変わっていない。

 おそらく彼の中では、自分の行動が正当化されているのだろう。

 冒険者ってそういう人種なんだとは理解していたつもりだったが、まだまだ分かってないことが多かったんだなと僕は自分の認識を改めた。

「ピットフォール」

 ジェラルディン君は傍らに杖を翳し、人間1人が入れるほどの穴を魔法で掘った。

「死体をそのままにしとくのは良くないんでしょ? これ埋めるから、ちょっと待ってて」

 確かに死体をそのままにしておいたら、血の臭いに誘われた魔物が群がってきそうだ。

 僕たちが見守る中、ジェラルディン君は慣れた手つきで落ちている肉を集めると、掘った穴の中にそれを投げ入れていった。

 血は流石にそのままだが……雨が降れば自然と流れていくだろう。

 死体を埋め終えて、うんと頷き、向き直る。

「これで良し。じゃあ、行こうか」

「わ、分かった」

 こくこく頷いて、御者が馬車に乗り込む。

 それに倣って、僕も馬車に戻ったのだった。

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