第264話 交渉術
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馬車の行く手を阻んでいたのはグレーウルフの群れだ。
此処には他に動くものの気配がないから、物音に惹かれて集まってきたのだろう。
グレーウルフを目の前にして馬が興奮している。
グレーウルフが襲い掛かったら、反射的に駆け出してしまうかもしれない。馬車の暴走を防ぐためにも、何とかこちらが襲われる前にグレーウルフの群れを追い払いたいところだが……
ジェラルディン君が前に出た。
馬車とグレーウルフの間に立ち、杖でとんと地面を叩く。
首をことりと傾けて、グレーウルフたちに視線を注ぐ。
その表情は、何か微笑ましいものでも見ているかのように柔らかだった。
グレーウルフは、低い唸り声を漏らしながらジェラルディン君を見つめている。
その尻尾は皆一様に垂れ下がり、足の間で丸くなっていた。
これは……怯えている?
「困るんだよね。邪魔されると」
ジェラルディン君が1歩前に出た。
びくっとして頭を低くするグレーウルフたち。
彼は何かの合図のように、杖で地面をゆっくりと突いた。
特に魔法を使っているようには見えないが──
「帰って」
彼が強めに地面を杖で突いた。
かっ、と硬い音が鳴り響き、
きゃんきゃん、と犬のような鳴き声を発しながら、グレーウルフたちは蜘蛛の子を散らすように馬車の前から撤退していった。
僕たちは、それをぽかんと見つめていた。
魔物を戦わないで追い払うなんて……こんなの見たことない。
ジェラルディン君は肩を竦めて、僕たちの方へと向き直った。
「これでもう来ないよ」
「……凄いな、今のは何をやったんだ?」
御者がグレーウルフが去った方向に目を向けながら問いかける。
ジェラルディン君はそれに対して別に何もと答えた。
「交渉しただけさ。今は大事な用事の最中だから来ないでほしいって」
たったそれだけのことで、魔物を退けさせることができるのか?
僕がジェラルディン君に注目していると、彼は笑いながらこちらに向かって歩いてきた。
「僕だからできることだから。真似しようとしても怪我するだけだからね?」
「ねー、魔物何処ー?」
しきりに首を動かして魔物の姿を探しているスノウの頭をぽんぽんと叩いて、彼は馬車に乗り込んだ。
「言ったでしょ、僕がいる間は魔物に手出しさせないって」
……僕はその言葉を「魔物は倒す」という意味で捉えていたのだが、どうやら違ったようだ。
彼は文字通り魔物に「手出ししないように交渉して」追い払うつもりらしい。
何だか戦いよりも高度な芸当を見せられている気分だ。
「さ、出発しようよ。旅はまだまだ先があるんだから」
「……そ、そうだな」
御者が定位置に戻っていくのを見て、僕も馬車に乗った。
魔物がいない、と頬を膨らませるスノウを宥めて席に座らせて、ジェラルディン君にさり気なく目を向ける。
ジェラルディン君は遠くの景色を見ながら、のんびりと欠伸をしていた。
どうやら、僕は思っていたよりも凄い冒険者に護衛を依頼してしまったらしい。




