第16話 VSフレッシュミート
最初に仕掛けたのはロイドさんだった。
「おりゃあっ!」
掛け声とともにハルバードを振り下ろす。
ハルバードの重厚な刃は、フレッシュミートの皮膚(?)の表面に深々と食い込んだ。
傷口からびゅっと体液が噴き出す。赤黒く粘度のある様は、何処となく血液を彷彿とさせる。
フレッシュミートが全身をぶるぶると震わせた。これが悲鳴の代わりなのか、それとも何かを仕掛けてくる前触れなのか。
どうやら、後者だったようだ。
フレッシュミートの全身がぎゅうっと伸縮し、表面が槍のように勢い良く突き出してきた。それも、何本も。
まるでウニのようになったフレッシュミートから、ロイドさんは急いでハルバードを抜いて距離を置いた。
肉槍は、何もない虚空を貫いて引っ込んだ。
再度ぶるぶると全身を震わせたフレッシュミートの体積が元に戻る。
そこに、剣を構えたラーシュさんが突っ込んでいく。
「ファイアソード!」
ラーシュさんの剣が光り輝く炎に包まれる。
あれは、魔法剣だ。冒険者の中で一握りの人間だけが使うことができるという剣技である。
因みに剣技ではあるが、使用する得物は選ばない。その気になれば弓や鞭などでも同じことができるらしい。
ラーシュさんが剣を一閃する。
燃え盛る刃は、フレッシュミートの表面を削ぎ落とし、焦がした。
削げ落ちた肉がじゅうっと薄桃色の液体と化して床に吸い込まれていく。
「魔法剣があるんだから、雑魚の処理も手伝ってほしかったわ」
杖を構えて攻撃の機会を窺いながら、ぼそっと不服を漏らすルカさん。
続けてフレッシュミートに斬りつけながら、ラーシュさんがそれに答える。
「私の魔力だとそう気軽に何度も使えないんでね!」
フレッシュミートが表面をぶわっと大きく広げた。
覆い被さり、取り込もうとしているのだ。
ラーシュさんは床を蹴り、慌てて前線から身を退いた。
そこに、ルカさんが放った炎の魔法が飛んでいく。
炎の球を抱え込む形になったフレッシュミートは、全身を大きく波打たせながらぐにゃりと変形していった。
床にべちゃりと布団のように広がり、身体のあちこちから触手を伸ばしてくる。
それはさながら、水面から頭を出した蛇のようだった。
触手の先端がラーシュさんを捕らえようと一斉に伸びる。
それを横手からハルバードで叩き切るロイドさん。
触手はちぎれ、肉の欠片となって床に飛び散った。
「ファイアボール!」
ルカさんの魔法がフレッシュミートに着弾し、大きな火柱を上げる。
高熱に晒され、のたうつフレッシュミート。
「せいっ!」
炎も消えぬうちに、剣の刃を相手の身体の奥めがけて突き立てるラーシュさん。
更に続けて叩き込まれるロイドさんの一撃。
びちびちと震えるフレッシュミートの表面から、間欠泉のようにどばっと体液が噴き出した。
生肉と鉄錆の臭いが辺りにむわっと広がる。
僕は掌で鼻を覆った。
「2人共離れて!」
杖をくるくると頭上で回転させ、魔力を練り上げるルカさん。
ラーシュさんたちは彼女に言われた通りにフレッシュミートから距離を置いた。
「ファイアウォール!」
フレッシュミートの足下に、赤く光る魔法陣が出現する。
それは勢い良く炎を噴き出して、フレッシュミートを中へと閉じ込めた。
燃え盛る炎の中に閉じ込められ、苦しそうにもがくフレッシュミート。
熱は空気を焼いてこちらにも伝わってきた。
ちりりと肌を炙る熱さに、僕は思わずその場から1歩身を退いた。
炎が、消える。
綺麗な薄桃色をしていたフレッシュミートの表面は、焼肉のように茶色に焦げていた。
……しばらく焼肉は食べられそうにないな。
ずずっ、とこちらに這い出てくるフレッシュミート。
まさか、まだ生きてるのか?
全員が身構えた、次の瞬間。
フレッシュミートはべちゃりと潰れ、巨大な水溜まりとなって床に広がった。
「…………」
ラーシュさんは油断なくフレッシュミートを見下ろした。
フレッシュミートは動かない。水溜まりになったまま、そこに留まっている。
「……鑑定眼」
僕は鑑定魔法を発動させた。
フレッシュミートから得られた情報は──
「……倒した、みたいです」
僕がそう言うと、ラーシュさんはふぅと長い息を吐いて、剣の構えを解いた。
「……今のが此処のダンジョンの主だったのでしょうね」
床に置いていたランタンを拾い、僕たちがいる方へと戻ってくる。
「手強い相手でした」
「見て。何かが落ちてるわ」
フレッシュミートの死骸がある辺りを指差してルカさんが言う。
僕たちはゆっくりと死骸に近付いた。
確かに、何かが落ちている。
ぱっと見た感じ、腸詰めっぽい感じの物体だが……
「鑑定眼」
『【フレッシュミートの肝】
フレッシュミートの内臓。錬金薬の素材』
「フレッシュミートの肝……素材みたいです。一応」
「スライムって内臓あるんだ?」
「今の奴が特別なんじゃないか?」
「とりあえず、持って帰ろう。貴重なドロップ品だ」
ラーシュさんは肝を拾って、丁寧に折り畳むとバックパックに詰めた。
……そのまま詰めちゃって大丈夫なのかな。内臓だけど、それ……
「ダンジョンの主がいるということは、此処が最下層なんでしょうね」
「ということは、ダンジョン制覇か」
ハルバードを背負い、バックパックを拾うロイドさん。
「地上に戻るのか?」
「そうだね。調査も殆ど終わったことだし……此処にずっといるとまた主が湧く。引き返そう」
ダンジョンに住む魔物はどういうわけか、倒しても時間を置くと再び現れるという変な特性を持っている。
ダンジョンに満たされた魔力が生命の法則を捻じ曲げているからだとか、色々理由については言われているが本当のところはどうなのかは分かっていない。
とりあえず言えるのは、此処にあまり長居していると再びあの醜悪な魔物が襲ってくるだろうということだ。
ダンジョン調査が終わった今、そんなことをする利点はない。面倒なだけである。
「帰還時の事故の方が多いと言われてる。気を引き締めて戻ろう」
ラーシュさんを先頭に、僕たちは元来た道を引き返していく。
こうして、僕たちのダンジョン調査は無事に終わりを告げたのであった。




