第105話 鑑定士、悩む
「鑑定を依頼したいのですが」
溜まっていた仕事が片付いて一息ついた頃。新たな鑑定品の持ち込みがあった。
鑑定を依頼したのは、宝飾品をたくさん身に着けた踊り子のような格好をした細身の女性だった。冒険者なのかと問われると首を傾げたくなるような、そんな出で立ちの人物である。
女性は大事そうに抱えていたそれを、そっとヘンゼルさんの前に置いた。
「ダンジョンで見つけたものです。価値のある品かどうか、それを知りたいのです」
それは、黒い革で装丁された分厚い書物だった。
表紙には小さな宝石が散りばめられ、魔道文字が記されている。一見すると魔法書のように見えなくもない品だ。
ヘンゼルさんは書物を受け取り、女性に鑑定には少し時間がかかる旨を伝えた。
女性は時間を置いてまた来ると言い残し、冒険者ギルドを出ていった。
「イオちゃん、お仕事よ」
「はい」
僕はヘンゼルさんから書物を受け取った。
見た目通り、随分と重たい書物だ。長時間持っていたら手が痺れそうである。
書物を持って、2階の仕事場へと向かう。
「何ですか? それ」
鑑定依頼品を捌き終えて一息ついていたジャド君が、僕の手元に注目して問うてくる。
僕は机の上に書物を置いて、答えた。
「鑑定依頼品ですよ」
「また珍しい品が持ち込まれましたね」
確かに、ダンジョンからの発掘品で書物というのは珍しい。今までにないパターンである。
ダンジョンの宝といえば、宝飾とか武器とかが一般的なのだが。
まあ、ダンジョンは謎の多い場所だ。こういうこともあるのだろう。
さあ、鑑定を始めますか。
僕は書物にそっと手を触れて、鑑定魔法を発動させた。
「鑑定眼」
『【魔道大全集 上巻】
世に現存する魔法についてを記した書物。全部で3巻からなる。』
全部で3巻ある……ということは、これは3冊揃って初めて意味のある書物なのだろう。
1冊だけでは書物としての価値は低いか?
僕は書物の表紙を捲ってみた。
中身は、全て魔道文字で記されていた。所々に絵も描かれているが、絵だけでは何を示しているのかまでは分からない。
これは……本当に魔道士にしか扱えない本だな。
僕は魔道文字も一応は理解できるから、中身を解読することはそんなに苦ではないけども。
大雑把に読み進めた結果、以下のことが分かった。
この本は魔法辞典のような本で、現存している魔法を記した品であるということ。
例えば、火の魔法であればファイアアロー、ファイアボール、ファイアウォールといったように魔法の一覧が載っている本なのだ。
上巻には火、氷、風の魔法が、中巻には土、雷、水の魔法が、下巻には光、闇、無属性の魔法がそれぞれ載っているらしい。
本屋で取り扱っている魔法書を何冊も束ねたような、そんな本だ。
これは、魔法を極めたい魔道士には需要があるだろうな。
記されている内容には、魔法の扱い方なんてものもあった。
扱う属性のイメージを脳内に描き、それを魔力で形にし、発動させる──と、魔道士にとっては当たり前のことであろう内容が淡々と記されていた。
……これ、此処に書いてある通りのことを実践したら僕にも魔法が使えるようになるのかな。
ちょっと試してみよう。
室内で火の魔法はまずいから、別の……水の魔法でいいか。
脳内で、水をイメージ。水、水、水……
「……ウォーターボール」
掌を上にして、こそっと呟いてみる。
静寂に言葉が流れていく。
掌の上には──何も生まれない。
「……何してるんですか? 先輩」
怪訝そうに小首を傾げるジャド君。
……恥ずかしい。
誤魔化すように翳していた掌を振って、僕は言った。
「……いや、僕にもジャド君みたいに魔法ができるかな、と思って」
「魔法ですか?」
ジャド君は目を瞬かせた。
「あぁ、俺が身を守る手段をーって言ったことを気にしてたんですか?」
「まあ、一応は」
「闇雲に唱えるだけじゃ駄目ですよ。ちゃんとイメージしないと」
ジャド君は僕の傍に寄ってきて、僕の手を手の甲側から握った。
「魔力でイメージを形にするって言うか……先輩、圧縮魔法はできましたよね。あれと同じなんです。後は慣れですね。練習すればできるようになりますよ」
結局は、慣れか。
と言うかジャド君、教えてくれないかな。魔法できるんだから。
書物の表紙を閉じて、僕はそう独りごちたのだった。




