第10話 革細工ギルドのお勧め
「ふふふ……この手触り。温もり。はぁ……惚れ惚れしますねぇ……」
革細工ギルドに赴いた僕を待っていたのは、エプロン姿の男がなめし革に頬ずりしている光景だった。
彼こそが革細工ギルドのマスター、ロウェンさんである。
……これがこの人の普段の姿とはいえ、改めて見ると異様だなぁ……
「……こんばんは……」
僕はこっそりと忍び込むように、小声で挨拶してギルドの玄関口をくぐり抜けた。
戸口をくぐった瞬間に全身を包み込むのは獣脂の匂い。革細工ギルド特有の芳香だ。
僕の存在に気付いたのか、ロウェンさんは革に頬ずりをやめてゆるりと顔をこちらへと向けた。
「おや……イオさん。革細工ギルドにようこそ……ヘンゼルさんのお使いですか……」
掛けた眼鏡のレンズがランプの光を反射してきらりと光る。
この人、眉目秀麗なのに何で挙動がこんなにも残念なんだろう。もったいない。
「実は今日、ボアの皮が入荷しましてね……今丁度なめし終わったところなんですよ……素晴らしいですよ、この手触り……」
ボアというのは巨大な猪の魔物だ。気性が荒く人里によく降りてきては悪さをするので、討伐対象として度々依頼が出る魔物である。
解体依頼を持ちかけられることも少なくはなく、この魔物から採れる皮や牙は何度か冒険者ギルドの方で売りに出されたこともある。冒険者ギルドから革細工ギルドへ納品したことも、一度や二度ではない。
「……それで……御用件は一体……?」
首をことりと傾けて問うてくるロウェンさん。
僕は異様な雰囲気に押されて崩れかけた姿勢を正して、左手に下げていた剣を彼へと差し出した。
「実は……これに合う鞘を探してるのですが……」
「ほう……どれどれ……」
僕から剣を受け取って、ロウェンさんは眼鏡の位置を直し、じっと見た。
刀身。柄。全体をくまなく観察し、言う。
「これは……随分と軽い剣ですね……」
「鍛冶ギルドで譲って頂いた品なんですよ」
3日後にダンジョンに潜ることになった旨を話すと、彼は成程と呟いて剣を僕へと返却した。
「……ダンジョン調査となると……相当の距離を歩かれるんでしょうね……それならば……鞘もなるべく軽く、それでいて耐久性のあるものを選んだ方が良いでしょうねぇ……」
ロウェンさんはゆっくりと立ち上がり、カウンターから出ていった。
奥の方で何やらごそごそとしたかと思うと、何種類かの鞘を抱えて戻ってきた。
カウンターの上にひとつずつ鞘を並べて、説明を始める。
「ハードレザー、バッファロー、サーペント、ボア……私のお勧めはバッファローですが……耐久性を追求したいのなら、サーペントにするのもありだと思います……」
深い茶色をした鞘と、黒く艶のある色をした鞘を順番に僕の方に差し出してくる。
深い茶色の鞘がバッファローで、黒艶の鞘がサーペントらしい。
僕はふたつの鞘を手に取った。
手触りは、バッファロー革の方が柔らかい。サーペント革は革というよりも鱗を触っているような感触だ。
ちょっと高級な財布。あれに近い感触である。
「値段はどれくらいするんですか?」
「そうですねぇ……バッファローなら850ガロン、サーペントなら1200ガロンといったところでしょうか……」
流石、良い素材を使っているだけあって値段が張る。
僕としてはそんなに本格的なものでなくてもいいやって思ってたんだけど。
でも、調査の途中で壊れるのも困るし、此処はしっかりとした品を選んでおくべきなんだろうか。
僕が考え込んでいると、ロウェンさんはふっと微笑んだ。
「……今回は無償でお貸ししますよ……お好きな方をお選び下さい……」
「え……いいんですか?」
「……冒険者ギルドにはいつもお世話になってますからねぇ……」
遠慮せずにどうぞ、と言うので、僕は素直にロウェンさんの厚意に甘えることにした。
「では……」
僕はバッファロー革の鞘を選んだ。
早速、剣を鞘の中に納める。
元々ロングソードを納める設計で作られた鞘なので長さが多少余るが、幅は丁度良く、緩さもない。
これを腰のベルトに留めれば完璧だ。
「ありがとうございます。お借りします」
「……うちの製品がお役に立てたようで何よりです……職人冥利に尽きるというものですよ……」
うふふ、と女性のような笑いを口の端から漏らして、ロウェンさんは言った。
「……ダンジョン調査、実入りのあるものになると良いですねぇ……」
革細工ギルドを出て、僕は随分と高い位置に昇っている月を見上げた。
「……何のかんので結構遅くなっちゃったなぁ」
そういえば夕食もまだだった。
今から料亭に行ったとして、食事にありつけるのはいつ頃になるのだろう。
でも、時間をかけたお陰で良い武器と鞘が手に入った。
これで、多少はダンジョン調査に対する安心感ができたというものだ。
「さ、夕飯夕飯。何食べようかな」
その言葉を待っていたかのように、きゅうと鳴る腹の虫。
僕は大通りを目指して、人が行き交う夜の道を歩いていった。




