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綺麗なオネェさん

作者: 雨雲

私は今、電車に揺られてる。


 仕事終わりの帰宅中である、人の多い時間を避けても、座れることはあまりない。

 地方から都会へ出てきてようやく半年がたった、都会はどこに行ってもビルがたくさんあって、人がたくさん居て何でもある、そう思っていたけど、実際のところはテレビで見る都会はほんの一部で、意外と自然もあって、目で見て確かめるのは大事だと改めて思う今日この頃である。


 さて、今日も私の何でもない日常が終わろうとしている。

都会へ出てきて半年だ、半年もあれば友人の一人のできようものだと思うだろう、それはコミュニケーション能力の高い人間の言い分だ、会社の同僚とは時々ごはんに行くけど、それは仕事終わりとか会社がらみだし、休みの日に気軽に誘える友人を得るには至っていない。


 しかし、現状寂しくはない、もともと一人で行動するのが好きだし買い物も一人の方が楽だ、強がりではない、目的地へ向かい欲しいものを手に入れ人混みから脱出、長居は無用だ。

 

 だけど、最近なんだかもの足りない。

 自分では良くわからない、ぼんやりと部屋に帰りたくなくなる、私の家は会社から三駅のところである、

通勤距離としてはちょうどいい部屋を出て職場につくまで約30分だ、電車に乗っている時間なんて10分くらいだろう、今日は特にその10分間でなんだろうアンニュイな感じになったのだ、ところでアンニュイって良く聞くけどどんな意味は知ってるかな、気だるそうや退屈って意味だってさ、今の私にぴったりだ。


 アンニュイな気持ちのまま最寄駅に電車が着いた、一つ前の駅が住宅地だから皆そこで降りる、乗客は少なくて席が空いていた、いつもなら後一駅だしと立ったままなのだけど今日はアンニュイな気分なので座ることにした。

 降りなければいけないのだけど立つのが面倒と、訳の分からない言い訳をしてなんとなく乗り過ごして隣駅で降りることにした。

 なぜ隣駅かというと歩いて帰れないこともないし、遠くに行きすぎるのも面倒だからだ。


 自分でも意味の分からないことをしている自覚はある、電車で立つのが面倒と言っていた人間が歩いて帰るのかよ、とセルフツッコミを入れる。

でも、人間って時々意味のないことをしたくなるとき無いですか、わたしはあります。


 とにかく歩くことにした、方角はわかるから家に近づきつつ知らない道を歩きたい。

というか私は歩きたかったのか、目的はないが歩きたかったわけでもないはずだが、まあ考えても仕方ない、私はいまアンニュイなのだ考えるのも面倒だ、気の向くままに歩を進めてみよう。


 てくてくと知らない道をなんとなく歩く、時々道路標識を確認して現在地を確かめる、15分くらい歩いたら疲れてきた、仕方ない今日の私はアンニュイなのだ、気だるいのだ、欲望のままに行動しよう。

 私に最初の目的ができた、休める場所を探そうできればオシャレなカフェが良い、しかし今はもう夕方だ人によっては夜ともいうだろう、果たして知らない道をひたすら歩く私にお目当てのカフェが見つけられるか、というかお店は開いているのか。


 スマホで検索すればすぐなのだが、なんとなくそんな気分じゃなくて歩いて探している、これも無駄なんだよなとひとり呟く、とうとう独り言まで出てきたかとすこしセンチメンタルな気持ちになる。

 新しい単語が出てきたね、そう今の私はアンニュイでセンチメンタルな気持ちなのだ。

うん、めんどくさい、自分で自分がめんどくさい。


 なんてことを考えながら、小道を一本まがったところに看板を見つけたCafe CURL EAR 念願のカフェへたどり着いた。


 チリンチリンと扉を開けたら控えめな鈴の音がした。

「いらっしゃ~い何名様ですか」

 カウンターから甘いというか色っぽいというかそんな声が聞こえてきた。

「一人です」

「かしこましました~カウンターのお席へどうぞ」


「こちらがメニューです、お決まりになったら呼んでくださいねー」


 ふむ、なかなか良い雰囲気のお店だ、白を基調とした北欧風のインテリアとかわいい小物、しかし可愛くなり過ぎず男性でも入りやすい。

 店主よなかなか良いセンスだ。

 何のキャラだとセルフツッコミをする。

 しかし、あの店員は、どうしてあの男性店員はどうしてオネェ口調でしゃべっているのだろう。

 今流行りのオネェなのかそれにしては普通に男性だぞ、化粧をしている様子もないし、制服も男性用だパンツルックだ、ただまぁ綺麗な顔をしているな女装とか似合いそうだ。


 「お客さま、ご注文はお決まりですかぁ~」

 「あっすみませんまだです」

すると店員さんは、クスっと笑って

 「わたしの顔になにかついてますか」

 「いっいえ…その」

やばい綺麗な顔だから見とれちゃった。

近くでみるとますます綺麗だわ、あっ右目の下に泣き黒子がある、色っぽいわー。

 「あの~お客様~大丈夫ですか」

 「ごっごめんなさい、その綺麗な顔だなって思って、えっと…女装とか似合いそうですね」

ギャーなに言ってんだ私は、いきなり失礼すぎるだろ、やばいって絶対怒るって、落ち着けテンパるな素数を数えろ。

店員さんはきょとんとした顔をした後

 「ふふっ」

 「え」

 「ふふふ…あははははははははははははぁ」

 「えっ…え」

突然目の前の綺麗な店員が大爆笑している。

 「初対面でいきなりそんな事言われたのは初めてよ…ふふ」

 「ごめんなさい、焦って口が滑っちゃいまいて…えっとえーと」

 「いいわよ~別に全然気にしてないわ、むしろとても面白いわぁ、そうね~女装はしてないわね最近は」

 「ふえっ」

 「それで注文はなんにするの」

 「えっとじゃあカフェオレで」

 「かしこまりました、ホットでいい?」

 「はい」

 「じゃあ用意するからちょっとまっててね」

パチンとウインクすると店員さんはカウンターの向こうへと戻って行った。


 ついさっきのやり取りを頭で整理しよう。

 店員さんはやはりオネェだった、あの口調だし、最近は女装をしていないと言っていた、つまり過去に女装をしていたということだ、しかし、私の失礼な物言いに対してあの心の広さ、オネェってみんなそうなのかな。


 「お待たせしましたホットカフェオレよ」

カチャっと慣れた手つきで私の前へカフェオレを置く、店員さんの手は綺麗で指が長くて、でも大きくて男の人の手だった。

 「いただきます」

 カフェオレはとても優しい味がした、珈琲よりもミルクの方が多めなのかな、マイルドですごく飲みやすい、うむ美味しいです。

 「ふふっ」

 はふぅーっと私がカフェオレの余韻に浸っていると、小さな笑い声がした。

 そこでは店員さんが対面式のカウンターの向こう側で、肘をついて手のひらに顎をのせた状態で、微笑みながらこちらを見ていた。

 とても色っぽいです。

 また少し見とれてしまった、すると店員さんは

 「ねぇあなた、何か悩んでることがあるんじゃないの?」

 「えっ」

 私はとても驚いた、私は悩んでいるのか、今日はアンニュイでセンチメンタルな日なのだ、これは悩みではない、仮に悩んでいるとしたら、いったい何に悩んでいるのだろうか。

 「悩んではないと思います」

 「本当に~」

 「本当です、いきなりなんですか藪から棒に」

 思わず大きな声が出てしまった、幸い私のほかにお客さんはいなかったので、周りの迷惑は掛からなかった。

 すると店員さんは少し驚いた顔をした後、またあの微笑みに戻ってこちらを見た後。

 「そっかごめんなさいね~」

 整った眉を八の字にして、申し訳なさそうに謝罪してくれた。

 「でもどうしていきなりそんな事を?」

 私と店員さんは初対面だし、すごく疑問に思い聞いてみた。

 「それはね~」

 すると店員さんの手がゆっくり私の顔に向かって伸びてきた、私はまたその綺麗だけど大きな手に見とれえしまった。

 「それは…、あなたが泣いているからよ」

 「えっ」

 店員さんの手が私の目元を優しく拭った。

 「ええっ…あれ…なんで…私…」

 私は無意識に涙を流していた、止めようと思ってもどんどんあふれてくる。

 止めようと思ってても、自分の体なのに言うこと聞かず、自分が泣いていると気が付くと、今度は嗚咽がひどくなって、自分の体なのにどうすることもできない事と、どうして涙が止まらないのかわからない事と、初対面の人しかも一応男の前で泣いている、という恥ずかしさで、どうしていいのかわからなくなった。

 「いいのよ、無理に泣き止もうとしないで、全部出し切った方がきっとすっきりするわ」

 そんな言葉と共に、ハンカチを渡してくれて、背中をさすってくれた。


 どれくらいだろうか、私の涙が止まるまでかなり時間がかかったはずだ、店員さんはずっとそばにいてくれて、何も言わずに背中をさすってくれていた。

 

 「少しおちついたかしら」

 店員さんと目があった、変わらずに優しい顔をしていた。

 「カフェオレ冷めちゃったわね、作り直すわ」

 「そんな悪いです、私が泣いてたのが悪いんですから」

 「いいのよ、今日は暇だったからもうお店を閉めちゃおうかと思っていたら、あなたが来てくれたそのお礼よ」

 そう言ってパチンとまたウインクをして、カウンターの向こうへ戻って行った。


 「おまたせ」

 カチャっと私の前にカップとクッキーが置かれた。

 「良かったら一緒にどうぞ、泣いたらおなかすいたでしょ」

 「あの…ありがとうございます」

 「隣、座ってもいいかしら」

 「あっはいどうぞ」

 店員さんはいつの間にか自分のカップももって来ていた、あっ珈琲だ、しかもブラック。

 「あの、お店はいいんですか」

 「大丈夫よ、あなたが来たときに閉店の看板出しちゃったから」

 「ええっ」

 「たまにあるのよ、もう閉めようかと思ってるときに、可愛い子が入ってきて、カウンターに座ってカフェオレを頼むのよ、そしたら今のあなたみたいに泣き出したり、辛そうな顔をするの、何かあったのって聞くと会社が辛いとか、人間関係につかれたとか、彼氏とケンカしたとか、いろんな話をしてくれる、中にはなにも言わずに帰っちゃう子のいるし、自分から話してくれる子もいるわ」


 「だからあなたもそうなのかと思って、お店閉めちゃった」

 ぺろっと舌を出していたずらに成功したような、ちょっとだけ子供っぽい表情を見せる

 そんな顔に少しだけドキッとしてしまった。


 「あの、私はその、えっと……」

 店員さんに何かを伝えたいのだけれど、その何かがわからない。

 感謝なのか、アンニュイなのか、センチメンタルなのか、そもそもなぜ私は泣き出してしまったのかが、わからない。

 

 「いいわよ、無理に言葉にしなくても、あたしとあなたは、ほんの20分前に出会ったばかりだもの、ゆっくりでいいわ、あなたがあたしに何かを伝えようとしてくれていることは、なんとなく分かるから。」


 店員さんの言葉にまた泣きそうになる。

 私はこんなに弱かったかな。


 すると店員さんは、そうねぇーと店員さんは人差し指を顎に当てななめ上を見ながら考える仕草をして。


 「じゃあまずは自己紹介をしましょう」


 パンっと手を叩き微笑みながらそう言いました。

 相変わらず、すべての言動が色っぽいです、男の人なのにドキドキしてしまいます。

 あれっ男の人なら、ドキドキしていいのではないか、もう訳がわからない、ややこしい。


 「あたしは七海 薫よCafe CURL EARのオーナー兼店長をしているは、趣味は料理とカフェめぐりとニャンコよ」


 何でしょうこの女子力全開の趣味は…何一つ違和感がない。ニャンコ可愛いな。


 「黒川 真織です……えっと普通のOLで趣味は読書というかネット小説とかニュースサイトとかとにかく字を読むことが好きです」


 「そう真織ちゃんねよろしく、今日はお仕事の帰りなの」

 

 「そうです」


 「お店に来たのは今日が初めてよね」


 「はい」


 「良くたどりつけたわね~、自分で言うのもなんだけどかなり分かりにくい場所にあるから」

 店員さんもとい七海さんは嬉しそうにそう言った。


 「実は当てずっぽうに歩いてたらたまたま見つけまして、暗くて分かり難いのかも分からなくて」


 「あらじゃあ今日の出会いは素敵な巡り合わせね」


 これまた嬉しそうに言う七海さん、恥ずかしいセリフだがキレイな人が言うと、なんだか様になると言うかなんというか違和感がない、これが俗にいうイケメン補正と言うものなのか、キレイな顔に手を叩いて首をかしげる仕草がまた綺麗でまた見とれてしまいそうです。

 

 「実は私の家は隣駅なんです、電車に乗っていてなんだか自分でもよく分からないですが、なんとなく一駅乗り過ごして歩いて帰ろうと思いまして」


 「あらそうなのじゃあここからだと結構遠いの?」


 「あ~どうでしょう」

 私はスマホを取り出し地図で位置を確認した、あれ以外と近いぞ家か歩いて10分くらいじゃないか、まあ電車降りて20分くらいは歩いたしかなり近くまで来てたんだ、というかさすが都会、駅と駅が近いな迷わず歩けば20分もかからず隣駅までいけるな。

 「以外と近かったです、10分くらいですね」


 「そうなの良かったわ、夜道を女の子一人じゃ危ないしね」


 「心配してくれてありがとうございます、でも家から近いのにこんな良いカフェがあるの全然知りませんでした。」

 カフェオレはすごくおいしかったし他のメニューもおいしそうだ雰囲気もいい、店員さん…七海さんはとてもキレイだし男だけど、とにかく良いカフェの条件としてはそれなりの評価を受けてもいいと思う。私も女子だ七海さんには女子力で少し劣るが、月とスッポンまではいかないせめて鯉と鮒くらいの差だ。

 うん、気づいている、例えに鯉と鮒を使っちゃうあたりが私の女子力だ。

 話が逸れた、とにかく人並の女子程度にはカフェ好きな私がネットや雑誌で調べて全く見たことがないのだ。


 「最近オープンしたんですか、私結構カフェ好きなんで家の周辺はよく調べてたつもりなんですが」


 「オープンしたのは2年前よ、うちのお店はホームページもないし不定休だからあまりお客さんも来ないのよ、後は写真はとっても良いけどSNSにアップしないようにお願いしたり、店名と場所は書かないようにしてもらったりしてるわ~」


 「そうなんですか、でももったいないですよ雰囲気も良くてカフェオレもおいしいのに」


 「ふふっありがと、でも今のままでいいのよ。」


 少しすねたように私は言った、七海さんは少し困った顔で、でも優しい微笑みのままそう言った。

 

 「だって忙しかったら今みたい真織ちゃんとおしゃべりできないし、こうやっておしゃべりすることで良い刺激ををもらえるの、だから今日の出会いと巡り合わせを大切にしたいと思うわ。」


 またもや恥ずかしいセリフを堂々と言ってくれます、合わせてこの微笑みですよ月明かりのような柔らかく包み込んでくれるような心地よい微笑みです、やばい、ドキドキが止まりません顔も少し熱いような、意識したら余計熱く、あーなんですかその顔はずっとオネェ口調で仕草も女らしいのに、私なんかよりもずっと女らしいのに。


 「真織ちゃん大丈夫、顔赤いわよ」

 熱でもあるんじゃと長く綺麗な指の大きな手が私の額にそっと触れた、少しひんやりして気持ち良い、大きな手の向こうに心配そうにこちらを見る七海さんと目が合う、私の顔が余計に熱を帯びた。


「だっ大丈夫です、熱とかそんなんじゃないです。」


 そうと心配そうな顔のまま七海さんは手を離した、ちょっとだけ名残惜しかったけどこれ以上されると私の精神衛生上非常に良くない、顔も赤いままなので話をそらすことにした。


 家族の事や趣味の事、好きなお菓子や良いカフェの情報交換、あと七海さんが飼ってるニャンコの写真を見せてもらったり他愛のない話をしていた、ふと忘れかけていた本題を思い出した、自分が今何で悩んでいるのかは未だにわからないけど、今自分が思っていること感じていることを正直に打ち明けることにした。


「私の悩み事のことなんですが、考えて見たんですけど今日ここに来たのがその理由なのかって思うんです。」

 今日の私はアンニュイでセンチメンタルでなんとなく部屋に帰りたくなくなった、その結果偶然カフェにたどり着き七海さんに出会った。七海さんは真剣に話を聞いてくれて、最後にとてもうれしそうな顔をした。


「真織ちゃんが心を開いてくれて嬉しいわ~、でもその話を聞く限りだと悩みの原因は意外と単純よ~」


「えっ」


「真織ちゃん、あなた今とても寂しいのよ」


「寂しい、私が」


「そう真織ちゃんは今絶賛さみしがりやさんなのよ、就職してすぐ地元を離れて一人暮らしを始めたんでしょ、慣れない土地で慣れない仕事するその不安はあなたが思っている以上に大きいのよ、期待や希望をもって新天地で頑張る、でも理想と現実のギャップに打ちひしがれる、今までは家に帰れば家族が居て友達だってすぐに会えた、でも今は違うあなたは辛いことがあっても話を聞いてくれる人がいない励ましてくれる人もいない、部屋に帰りたくなくなったのも一人になるのが寂しくて怖かったのよ」


 考えたこともなかった一人が寂しいなんて、一人で行動するのは好きだ好きなことができて疲れたら休憩して誰にも気を使わずにいられる、でもそっか一人は好きだけどずっと一人じゃなかったんだ、家族がいて友達がいて恋人はいないことはなかったけど長続きしなかったな、地元に居たとき寂しいと感じる出来事は時々あったと思う、でもその心の隙間に家族や友達が入り込んで隙間を埋めてくれていた、だから寂しくなかった、そっか本当に寂しいのはこういうことなのか。


 でもどうしたら良いの、家族もいない、友達もいない、私は寂しいままなの、どうしたら良い、友達をつくれば良い。


 どうやって


 友達ってどうやって作ればいいの、分からない、友達って作るものなの作らなきゃいけないものなの。 


 どうしたら良いの。


「ごめんなさいね、ちょっといきなりたくさん言い過ぎたわね」


どうして良いのかわからなくなった私に七海さんは申し訳ないと声をかけた。


「いえ大丈夫です」


 私は精一杯強がってみたが、七海さんにはバレバレだったようで、わたしに向かって手を伸ばした。


「大丈夫じゃないでしょ、真織ちゃんまた泣いてるわよ」


 溢れていた涙を優しく拭ってくれた、いつの間にかまた泣いてしまったようだ、止め方なんてわからない、涙がなくなるまで待つしかない、そう思っていたら。


「まったく真織ちゃんの悩み、すぐに解決する方法ならあるわよとっても簡単にね」


 七海さんはウインクしながらそう言った、その言葉にあっけに取られ私の涙は止まっていた。


「それは、どうやって」


「とーーっても簡単よ、今すぐに解決してあげるわ」


 七海さん悪戯っぽく笑った。


「お友達になりましょう、真織ちゃん」


 それだけ、たったそれだけの言葉で救われた気がした。

 本当に簡単なことだった、単純なことだった。

 「お友達になりましょう」その一言、私が言えなかった言葉、言っても良いのか分からなかった言葉、七海さんはそうあるのが必然であるように言ってくれた。

 呆ける私に七海さんは悪戯が成功したと少し子供っぽい顔をしていた、でもその奥には見とれるほど綺麗で優しい微笑みがあった。


「私なんかが七海さんと友達になってもいいんですか」

 私は今日、七海さんと出会いとても感謝している、自分では気づかなかった悩みに気づけた、いきなり泣き出して迷惑もかけたし話もたくさん聞いてもらった、優しい言葉に励まされて、その微笑みに少しのドキドキと元気をもらった。

 なのに私はもらってばかりで何も返せてない、一方的にもらってるだけだ。

 それなのにどうして。


「もちろん良いに決まってるわ、むしろあたしがお願いしてるのよ」


「でも私は七海さんに色々もらってばかりで何も返せてない」


「そんなことないわ真織ちゃんがこのお店に来て一時間くらいかしら、色んなことをお話したじゃないその時間はとっても楽しかったわ、それに今日のあなたみたいに時々女の子の悩みごとを聞くって話をしたわよね」


「はい」


「みんなね自分の話をしたらスッキリして帰っちゃうのよ、だからこんなに長くおしゃべりしてしたのも、あたしの話も聞いてくれたのも真織ちゃんが初めてよ、それにあたしだってあなたから沢山もらっているわ」


 私は今日七海さんからもらってばかりだ、わたせるものなんてなにもない、七海さんに私はなにを渡せているのだろう。


「私は七海さんわたせているものってなんでしょう」


 お世辞や私に気を使って優しくしてくれているんだとそう感じて聞いてみた、七海さんは少し考える素振りをして。

「さっきも言ったけど時間かしら」


「時間ですか」


 そう時間よ、とテーブルに肘をつき指を組んだ上に顎を乗せ横目で私を見ながらそういった。

 距離が近いからでしょうか今まで一番色っぽいです。


「今日はもうお店を閉めようと思っていたの、お客さんも来なさそうだし特に代わり映えしない何でもない日常、モノクロな一日よ、でも真織ちゃんが来てくれた、とっても嬉しかったわそして楽しかった、ううん今もずっと楽しいのよ、あなたが来てくれたおかげであたしの何でもない日常が色鮮やかに輝いたのよ」


 キラキラした顔でまたまた恥ずかしいこと言ってのける七海さん。


「それにあたしが何をもらったかなんてどうでも良いのよ、あたしだって真織ちゃんになにをあげてるかなんて分からないわ、なにをあげたかじゃなくて、もらえたことが大事なのよ、たとえ相手がそのことを分かっていなくてもね」



「だから難しく考えないで、それともあたしとお友達になるのは嫌かしら」



 七海さんは少し不安げな顔で言った。


「そんなことないです、私すごく嬉しかったんです、お友達になろうって言われたときすごく驚いたけど、気持ちが楽になって救われた気がして、でも私なんかが良いのかって、わからなくなって、どうしたら良いのか」


 私のなかで不安は大きい私が友達で良いのかと、でも今頑張らないと後悔する、七海さんは私からたくさんもらっていると言ってくれた、時間だと、とても楽しいと、その実感はなんにもないけど、七海さんに甘えてばかりだけど、今この時この瞬間から私が頑張るときだと思う。


 私は七海さんの方を向きその綺麗な顔をしっかりと見つめた、七海さんも私の真剣な様子を感じ取ってくれてそらさずに目を合わせてくれた、どれくらい時間がたったのか分からないとても長く感じたけど実際には数十秒だろう、意を決して沈黙を破った。


「七海さん、私とお友達になってください」


 その瞬間七海さんの顔が今まで見たことない笑顔に染まった、これまでは月明かりのような落ち着いた心地よい微笑みだったが、今はまるで太陽だ、暖かくまっすぐに伸びる向日葵みたいだ。


 見とれていた私を突然衝撃が襲った、七海さんに抱きつかれたのだ...抱きつかれた。


 だきつかれた。


「ちょっちょっと七海さん」


「ごめんなさいね~、真織ちゃんあたしとお友達になるのが嫌なのかと思って不安で、つい嬉しくて」


 ぎゃーーーーーみっ耳元でしゃべらないでーーそんな甘ったるい声出さないで、どうして、どうして急に抱きつかれているの、七海さんは綺麗で色気全開だけど、忘れかけてたけど男の人なんですよ。


 ジタバタと抵抗してみたものの、やはり男性の力には勝てなくて、言葉での説得に切り替えることにした。


「あの七海さん」


「な~に真織ちゃん」


 しまったーーー耳はだめなんです、というか私はアホの子かさっきと同じじゃないですか、しかしながら物理的対処が不可能である以上、言葉以外に手段はない、今日の私は頑張ると決めたじゃないか頑張ろう。


「七海さん離してもらえますか」


「んふっだ~め」


 無情な答えが返ってきた、いちいち色っぽい、やばい私の顔絶対やばい、完熟トマトみたいになってる見なくてもわかる、心臓なんてこんなに速く動いて大丈夫なのか心配になるくらい速い、鼓動がうるさい。


 でも七海さんいい匂いがする、香水と少しコーヒーの匂い。


 私は匂いとかなにを変態みたいじゃないですか。


 思考がまとまりません。


 とにかく離れてもらわないと。


「七海さん....」


「あの~七海さん、そろそろ離してくださいよな「薫よ」なみさん」


「せっかくお友達になれたんだから名前で呼んでほしいわ」


「名前で呼んだら離してくれますか」


「そうね~考えてあげるわ~」


 なんということでしょう、綺麗で色気全開で優しくて、大人の女性?みたいな人がちょっと困った可愛い人になっています、デレたのかデレたんですか、ツンの要素なんてなかったですよ、優しかったよ半分以上優しさで出来てたよ。


 ヤサデレですか、なにそれ私に優しい。


 とにかく今の状況をなんとかしないと、名前で呼ぶのは少し恥ずかしいけど頑張れ私。


「薫さん」


 名前で呼ぶと薫さんふっと笑いは、あっさりと離れてくれた。

 これ以上は嫌われちゃいそうだしと、残念そうだったが。


「ごめんなさいね、本当はすぐに離れるつもりだったんだけど、真織ちゃんの反応があんまりにも可愛くて」


 ちょっと意地悪しちゃったと、薫さんは片目をつむって申し訳なさそうに微笑んだ。


 少し落ち着きを取り戻した私は、ずっとからかわれてばっかりだからちょっと仕返しをしてやろうと、ある意味私の中で成長とも取れる思考が浮かんだ、薫さんをからかって見ようと思う、この考えが思い浮かんだだけでもすごいんじゃないかと思う。


よし私は今日さみしがりやから,がんばりやさんになったのだ、どんなことでも頑張ります。


 「かっ薫さん、その、えっと、別にそのなんていうか、いっ嫌じゃなかったです」


どうですか薫さん、右手で薫さんシャツの裾をつかみ、左手は顎のあたりでもじもじして、ななめ下からの上目使いです、顔はずっとトマトのままです完熟です、セリフは幾分棒読みですが精一杯やってみました。


 「........っツ~~~」


 何でしょう薫さんが片手で顔を抑えてあらぬ方向を向きました、耳がとても赤く見えます、あと声にならない声が漏れています。


 おかしい、思っていた反応と違います、もっと余裕というかなんというか、うふふっと笑って軽く流されると思ったのですが。


「あっあの...薫さん」


「.........」


「えっと薫さん、どうしました」


「ふふっ.....ふふふふ」


 どうしよう、やばいです、やっと分かり合えた薫さんが、また知らない人物になってしまいました。


 どうしようかと考えていると、綺麗な指だけどしっかりとした薫さんの手が私の頬に触れた。


「真織ちゃん、嫌じゃなかったのね~」


 いつもの優しい口調ですが何でしょう、視線が熱を帯びてるような気がします。

 

「どっどうしたんですか薫さん、様子が変ですよ」


「なんでもないわ~大丈夫よ~ふふっ」

 

「そうですか」


「そうだ真織ちゃん連絡先交換しましょう、寂しくなったらいつでも連絡して頂戴すぐに会いに行くわ」


「いや私がお店に来ればいいのでは」


「別にそれでもいいけどうちは不定休だし別の仕事でお休みの方が多いから、今度カフェでも一緒に巡りましょう」


 とっておきのおススメのお店があるのと上機嫌にカフェの話を始めた薫さん、私の成長がもたらした悪戯はななめ上どころかありえない方向に事態を動かしてしまった。


 薫さんの手は私の頬へ添えられたたままです、どうしましょう離してなんてとても言えない雰囲気です。


 相も変わらずとても素敵な笑顔で、変わったのは私に向ける視線の熱量だけ。


 いくら私でも気が付きます、つまりそういうことですよね、言わせないでください恥ずかしいです。


 でも普通に考えて流れからしても私が薫さんを好きになるパターンじゃないですか、今でももちろん好きですよLOVEじゃなくてLIKEの方で、だって薫さんオネェだし絶対男性が好きだと思うじゃないですか、ほとんど同性のつもりで接してきたんですけど、はぁ~とため息が出ます。


 これはもうなるようにしかならないでしょう、幸い私はもう寂しくもアンニュイでもセンチメンタルでもない、悩みは解消されたはずなんですが目の前に別の悩みの種が種まきし放題です。


 とにかく薫さんに今日のお礼を言ってません、あと泣き顔ばかりで笑った顔も見せてません、この後起こりうることなど私なんぞには想像もつきませんが、とにかく感謝を伝えるのが大事です。


 今日は頑張る日なのです。







 私の最大限出来うる限りの笑顔で感謝を伝えたところ、私の頬から手が離れました、そのまま顔を手で押さえてすごい速さで後ろを向き、ぶつぶつと「やばいわ」「かわいい」「おそっちゃう」「だめよ薫、焦っちゃだめ」「でも抱き着いても嫌じゃないって」「さっきだってずっとほっぺさわってたし」「でもだめよ今日会ったばかりよ」理性と欲望がだだもれでした、薫さん隣にいるんだから全部聞こえてますよー。


 とにかくこれだけは言いたい、私のドキドキと完熟トマトはなんだったんですか。


 薫さん、彼から私は果たして逃げることが出来るのか、まぁ逃げる必要はないんですが、綺麗で色っぽくて優しくて少し悪戯好きな素敵な人は、ちょっと危ない肉食系だけど、とても可愛い人になりました。


 私と薫さんが今後どうなるかは想像にお任せしますが、まぁ、そういうことです、言わせないでください恥ずかしい。



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