運命の勧誘
「どうすんだこれ......」
目に見えるレベルで薔薇は成長を進めている。
両の腕。胸。腹。顔。
紅葉の上半身はほぼほぼ薔薇の蔦で黒く染められていた。
薔薇は紅葉の体を自分の物と主張するかのように、蔦を絡めてくる。
しかし不自由は無い。むしろ今までより体の調子が良いまである。
(あれ?コウヨウ、目......)
「あ?目?」
月夜に指を指された左目に手を添えた。
「.......ん?」
液体を触る感覚。
「うわっ!血......!?」
左目に添えた手には、赤い液体が少量染み付いていた。鉄臭い、間違いなく自分の血だろう。そして目が潤い、鼻の辺りに滴が走る感覚を覚えた。
「な、なぁ月夜。俺の顔、今どうなってる?」
月夜におそるおそる訪ねる。
(コウヨウ、赤い涙が出てる。大丈夫.....?)
「......やっぱり?」
生まれてこの方、血は鼻からしか出したことのない紅葉にとって、目からの出血は恐怖だった。
今は目は異常に冴えている。だが、もし激痛に襲われたら。もし失明してしまったら。
月夜が霊体になるほどの薔薇のチカラが自身に作用しているのだ、充分に有り得る。
外傷を経て初めて、黒い薔薇の危険性を実感した。
トン、トンとドアがノックされた。
「ヤバい....!」
痣を隠さねば。実行する間も無く、ドアは開かれる。
「失礼致します。秋風紅葉様でいらっしゃいますか?」
入ってきたのは黒塗りのスーツにメガネをかけた、いかにも秘書という言葉が似合いそうな男だった。
ドアを開ける仕草、歩く姿、立ち姿は鋭く尖った針の如く研ぎ澄まされている。
男のオーラに気圧され、紅葉は数秒間固まる。......やっと口が開いた。
「あ、ああそうだよ。俺が紅葉だ」
「初めまして。私、ヴァージー・ヴィンセンスと申します」
まるで紅葉が上の立場であるかのように御辞儀をする。つられて紅葉も頭だけを下げた。
男の振る舞いで忘れていたが、今の紅葉は全身黒い痣に覆われている。
化け物と捉えても差し支えないその姿を見ても、男は顔色一つ変えなかった。
「紅葉様。今、貴方はこうお考えでしょう。『どうしてこんな姿の自分を見ても驚きはしないのか』、と」
図星を突かれた。
「.......!」
「答えの前に、まずその痣と出血を止めましょう」
男は胸ポケットから白いハンカチを取り出し、紅葉に渡した。
「どうぞ、使ってください」
「ありがとうございます.....」
目から流れる血を拭ったタイミングを見計らい、男は一粒の錠剤を紅葉に渡した。
「この薬は、ルナ....その痣を抑える効果があります。お飲みください」
聞き慣れない単語と怪しい錠剤を目の前にしたが、紅葉は有無を言わず薬を飲み込んだ。一切の躊躇が無かった。
そんな紅葉の行動に男は目を細めたが、気付かれる前に元に戻す。
「いかがでしょうか?」
「おお、痣が消えてく......」
薔薇の蔦は、時を戻すように左胸の刻印へと吸い込まれていく。
三十秒もしないうちに紅葉の体は肌色を取り戻した。
しかし、薔薇の刻印は胸に刻まれたままだった。
一段落ついたところで、紅葉はヴァージーと名乗った黒服の男に尋ねる。
「えっと、ヴァージーさん......だっけ。その、何から聞けばいいのか」
「はい。ではまず自己紹介から」
ヴァージーはメガネを指先で直した。
「改めまして、私はヴァージー・ヴィンセンス。黒獣総合機関、通称【セイアッド】の者です」
「セイアッド......」
「はい。この街より更に西の大都市を拠点に、黒獣に関連した活動をしております」
この世界は、大きく分けて五つに別れている。
東西南北にそれぞれの国。
その中心部、東西南北の国々に囲まれるように位置しているのが大都市だ。
テレビや雑誌で見た限り、やはり大都市と言うだけあって華やかな所であるらしい。
一度は行ってみたいとの声もよく聞くが、こんな環境だ。
国を出るどころか街の結界から出ることすらままならない。
黒獣のエサになる覚悟があるなら行ってもいいだろう。
「ああそっか。魔法使い集めて黒獣倒す部隊のことだな?」
「その通りです。主には黒獣の討伐。街の復興補助等も行っておりますよ」
「人類の希望って言われてるくらいだもんな」
「人類の希望.....フフッ、そうですね」
ヴァージーは薄く笑みを浮かべた。営業スマイルというものだろうか。
「さて、本題に入ります。私が貴方をお訪ねした理由です」
スイッチを切り替えたように先程の笑みは消え、真剣な空気に変わる。思わず息を飲んだ。
「単刀直入に申し上げます。秋風紅葉様、【永遠の月】を所持している貴方に世界を救って頂きたいのです」
「.........は?」