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月夜


「ん‥‥‥ここは‥‥‥」


 目を開けると見慣れない白い天井が見えた。

 感覚が完全に戻るのを待ちきれず、ふらふらと上体を起こすと自身の状況が把握できた。

 ここは病院、ベッドに寝かされていたようだ。


「何が‥‥‥‥‥‥」


 ぼんやりとした記憶を辿ってみる。‥‥‥そうだ。

 紅葉と天境橋は黒獣に襲われた。そして大ケガを負ってここまで運ばれた。

 道理で体中に包帯が巻かれていて動きづらいと感じたわけだ。


 しかし妙だ。

 包帯が巻かれたところを触ってみてもケガがあるようには思えない。痛みも全くなかった。

 あまり掘り返したくないが、記憶では黒獣にありとあらゆる部位を貫かれていたハズだ‥‥‥


 その時、部屋のドアが二回ほどノックされる。

 中の返事を待たずに、無言でナース服の女性が入ってきた。看護婦だろうか。

 看護婦は紅葉と顔を合わせると、驚いて手に持っていたバインダーを落としてしまった。


「あっ、秋風君!ご無事でしたか!」


「え?あ、はい」


 こちらも釣られて驚いてしまい、マヌケな返事をする。


「せっ、先生!秋風君の意識が戻りました!」


 看護婦は部屋の外に向かって叫んだ。すぐに男性の医者ともう一人の女性が部屋に入ってくる。

 部屋に入ってきたもう一人の女性とは、なんと母だった。


 母は部屋に入るや否やベッドの紅葉に駆け寄る。


「紅葉!よかった!!生きてた!紅葉‥‥‥!!」


 母は紅葉の目の前で泣きじゃくった。‥‥‥初めて母がこんなに泣いているところを見た。


「秋風君、体はなんともないのかね?」


 医者も信じられない光景を見ているかのような声で質問する。ドラマでしか見ないような表情だ。


「俺はなんともありません。それより天境橋は?アイツは大丈夫なんですか?」


「そ、そうか。天境橋さんなら隣の病室で寝ているぞ」


「本当ですか!よかった」


 今すぐ様子を見に行こう。

 ベッドから降りようとするところを医者に止められてしまった。


「こらこら。君は即死レベルの傷を負っていたんだぞ。何かあるといかん、ベッドで安静にしていなさい」


「は、はあ‥‥‥」


 その後、なんやかんやと検査を受けて一日が終わった。一週間様子見での入院だそうだ。

 傷が無いことを確認され、紅葉の全身に巻かれた包帯も全て取ることができた。


 聞いた話によると、二人が黒獣に襲われてからちょうど五日経っているようだ。

 結界ドームの中に現れた黒獣は姿を消してしまったらしい。黒獣の咆哮を聞いた住民は何人もいたのだが、その姿を見た人は紅葉と天境橋の他にいない。

 しかし本当に黒獣が結界の中に現れたのかは、ふたりが襲われた現場の血痕や破壊された建物が証明している。

 結界の外へ逃げていった痕跡もない。

 もしかしたらまだ何処かに潜んでいるかもしれないためと、魔法使いの討伐軍がこの街に多く集まっているそうだ。


 それと、どんなに聞いても紅葉が倒れていた場所には幼い少女などいなかった、3人目などいなかったと答えられる。

 初めに黒獣と対峙していたあの子は無事なのだろうか‥‥‥


「きっと無事だよな‥‥‥今日はもう寝よう」


 連続の検査によって疲れが溜まっており、思考を巡らす体力は残っていなかった。

 慣れない病院のベッドで眠りについた。


~~~~


(コウヨウ‥‥‥‥‥‥)


「はっ」


 名前を呼ぶ声。パチッ、と目が醒める。


「誰か呼んだのか.........?」


 部屋には紅葉一人しかいなかった。気のせいだっただろうか。

 掛け時計は五時を差している。早い時間に起きてしまったものだ。

 なんとなく、あの時黒獣に貫かれたケガがあったところを触ってみる。

 ない。やっぱり体には傷一つついていなかった。

 病院のパジャマを脱いでみたが、何処にもケガの痕すらなかった。


「あの時確かに俺は黒獣に殺されかけたハズなんだよなぁ。‥‥‥ん?なんだこれ」


 左胸に黒い花のマークがついていた。まるで刺青のようにくっきりとだ。

 黒い花は今まで見たこともないような花びらをしており、不気味なオーラを感じる。

 擦っても全く消える様子がない。


「水で落ちるかな」


 部屋を出てトイレに向かう。

 病院の廊下はまだ誰もいなく、静まり返っていた。シャッターを降ろしているため、少し薄暗い。

 こんな小さな町の年季の入った病院と言えば幽霊だが、本当に出るものなのだろうか?


 誰とも会うことなくトイレに入る。手洗い場で水で濡らしたタオルでマーク部分を拭く。

 だがどれだけ擦っても一行に消えなかった。


「全然取れねぇ。なんなんだよもう」


 タオルをもう一度洗い、蛇口を絞めて部屋に戻ろうとしたその時だった。


(–––––––なんだ!?)


 直感的に察知した。何かがいる。紅葉の後ろに何かが。確かに気配がするのだ。

 恐怖によって、金縛りのように体が動かなくなってしまった。妙にゆっくりと冷や汗が首筋を伝う。

 心なしか左胸がピリッと痛んだ気がした。


 (もっ、もしかして‥‥‥幽霊!?)


 見られてる。視線が背中に突き刺さる。いっそのこと振り向いてみるか?タイミングを計らい、いっせーのせで。

 一応逃げられるように足に力を入れる。


(いくぞ‥‥‥いっせーの)


『せっ!』


 叫びそうになりながら後ろを全力で振り向く。


(えっ!?)


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥ふぅ」


 後ろはただの掃除道具入れ。そこには誰もいなかった。

 得体の知れない恐怖から解き放たれた紅葉はホッと胸を撫で下ろす。


「いないよな。そりゃあいないよな!」


 ガタッ!


 安心してリラックス状態になった刹那。今度は大便のトイレの中から音が鳴った。

 声にならない叫び声出る。

 今度こそ本当に何かが出たのだ!涙目になりながら早急に部屋に戻った。


(ま、待って‥‥‥!!)


 ベッドの掛け布団にくるまり、目を思いっきり閉じる。


「ちくしょうなんなんだよ黒獣に襲われたと思ったら病院に運ばれてて黒獣に喰らったケガが消えてて代わりに左胸に黒い花のマークがついてて幽霊が俺を見ててなんなんだよなんなんだよ」


 この状態で一時間半は経過した。 

 もう歳は今年で十七だと言うのに情けない話である。


 突然部屋のドアがノックされた。次は物理的に侵入してきたのか?と疑ったが‥‥‥‥‥‥


「秋風さ~ん。朝食をお持ちしました~」


 幽霊なんてことはなく、看護婦が入ってきた。恥ずかしかったので寝たふりをする。


「ここに朝食を置いておきますね~」


 ベッドの隣にある机にトレイが置かれる音がした。


「失礼しました~」

 

 ドアが閉まった。紅葉は布団から出て朝食が置かれた机を確認する。


「あ、あれ?」


 トレイには皿が一枚乗っているだけだった。


「朝飯は?俺の朝飯は?」


 ベッドから体を乗り出して皿に顔を近付ける。‥‥‥皿には微かにパンクズが付いていた。


「カラで持ってきた訳じゃなさそうだな」


 体をベッドに戻して正面を向く。その時、普通ではあり得ないものが視界に入った。


「なっ!!お前は‥‥‥‥‥‥」


 彼女は宙に浮いていた。華奢な体は薄く透き通っており、今にも消えてしまいそうだ。

 緑色の水晶が髪を束ね、真っ黒のワンピース。淡い光を灯した瞳。

 幽霊だと言われてもおかしくない姿だ。

 黒獣に襲われた時紅葉救った、その幼い少女がそこにいた。


 少女はパンを頬張り、じっとこちらを見つめている。


(コウヨウ‥‥‥)


 少女のものだと思われる声が頭の中に直接響いた。頭の中に直接話しかけているようだ。

 しかし紅葉は事態が飲み込めず、返事ができなかった。


(会いたかった)


 少女は俺に近寄る。既にパンは食べ終えていた。


(助かってよかった)


「ど、どういうことだ?」


 ようやく言葉が出る。少女は無表情だが、少しだけ表情を和らげた。


(コウヨウは動かなくなっちゃったけど‥‥‥月夜の全部をコウヨウの中に入れたら、コウヨウは元に戻ってくれた)


 舌足らずの声が頭に優しく響く。


「そ、それって‥‥‥お前が俺を助けてくれたってことか‥‥‥!?俺の怪我が治ってるのも‥‥‥」


(月夜はずっと独りぼっちだった。けどコウヨウは月夜を見てくれた。だから月夜もコウヨウを助けたの)


「‥‥‥‥‥‥そうか。な、名前は月夜つきよっていうのか」


(うん)


 彼女の言葉には何か、とても永い時間を感じるような重みがあった。

 だが紅葉にはそれを完全には理解できずにいた。ただその声には寂しさを感じただけだった。


「俺は秋風あきかぜ紅葉こうようだ。助けてくれてありがとうな、月夜」


 その時、月夜の目から涙が溢れる。涙は頬を伝い、床に落ちる寸前で泡沫の如く消えてゆく。

 表情こそ変わらないものの、月夜は泣き出してしまった。

 紅葉は慌てて話しかける。


「ど、どうした?俺何か悪いこと言っちまったか?」


 月夜はブンブンと頭を振って否定する。


(ううん、うれしいて‥‥‥初めて月夜ってよんでくれて、初めて........初めて名前をよんでくれたから.........!)


 月夜はベッドの上に降り、顔をめいっぱい俺に近付けて言った。

 ほんの少し目を離せば消えてしまいそうな霊体だが、紅葉は手を伸ばさずにはいられなかった。


「月夜‥‥‥」


 だが‥‥‥その涙を拭ってやりたいと伸ばした手は、霊体の月夜の頬を通り抜けて何も無い空間をを扇いだ。




修正済み

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