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始まりの日

『来るな!やめろぉぉぉぉぉぉっ!!』


 走っても走っても振り切れない。どころか奴との距離は縮まっていくばかりだ。

 鼓動が異常に高鳴り、恐怖が全身を包み込んだ。振り向かなくてもわかる。すぐ後ろに来ている。

 足が悲鳴をあげているがお構い無しに走った。しかし、ついに奴の太い腕が俺の頭に届く。


『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 奴の姿は化け物としか形容できなかった。

 熊を一回り大きくした体格。真っ黒に染まった肉体。強靭な長き爪。体中至るところから飛び出ている鋭い突起。

 そして今まで何千何百万人の人間を喰らってきたであろう牙。


『離せっ!離せぇぇぇぇっ!!!』


 もう助からないのはわかっていた。けれどめちゃくちゃに化け物を蹴りまくった。

 当然化け物は全く怯むことなく、ゆっくり俺を口に運ぶ。中はブラックホールの如く光すら抜け出せそうにない。

 絶望の穴へと押し込まれていった。


.............


「うわぁぁぁっ!」


 バサッと上布団を払いのけ、自分の叫び声で目が覚めた。冷や汗が首筋を伝い、酷く息が乱れている。


「夢‥‥‥」


 少しの間無心で天井を見つめる。目に映るのは見慣れた我が家の天井、幾度となく数えた木の模様だ。

 呼吸を整えてベッドからゆっくりと出た。

 時計を見ると7時を過ぎていた。悪夢にうなされながらもいつも通り起きることができるのは、紅葉の個性と言えるだろうか?


(最近よく見るな‥‥‥この夢)


 妙に生々しく残った夢の感覚を引きずり、学校の制服に着替える。

 リビングに行くと、母がちゃぶ台の所であぐらをかいてトーストを食べていた。

 紅葉はテレビを付けるといつものニュース番組にチャンネルを変え、母の隣に座り用意してあったトーストを食べる。


『続いて黒獣警報です。今日の午後四時頃に黒獣が出没すると観測部から情報が入りました。この時間にドームから出ることは控えてください』


 《黒獣》、夢に出てきたあの化け物のことだ。

 五十年前に地球に現れてから今現在まで、人類の天敵として君臨している。

 奴らは定期的に月から飛来してくるため、月からの使者とも言われている(らしい)。

 主食は人間で、捕まえたら最後骨も残らず喰らい尽くす。

 さらに恐ろしく頑丈で、世界の軍隊を相手にしてもキズ1つつけられることはない。

 戦闘能力を持たない一般人が対峙した場合、逃げることすらできず補食されて終わりだ。‥‥‥あの夢の中の紅葉のように。


 だから黒獣から身を守るために【ドーム】と呼ばれる魔法のような結界バリアを街単位で展開して、その中で人々は生活しているわけだ。

 魔法の結界があるなら、当然魔法使いの人間も存在する。

 一般人には無い特別なチカラを用いて黒獣と戦う戦士を世間では魔法使いと呼ぶのだ。

 そんな魔法使いが集いてとある組織が結成された。黒獣の討伐や結界の管理、黒獣の観測など黒獣関連の活動を全て受け持っているのだとか。

 その組織は、絶滅寸前に追い込まれた人類の唯一の希望だった。


「じゃ、行ってくるわ」


「そう。行ってらっしゃい」


 母はひらひらと手を振って見送った。

 父はと言うと、魔法使いの組織に加入しており、紅葉自身はまだ顔を合わせたことがない。

 つまり紅葉の父は魔法使いである。‥‥‥と言っても紅葉自身、会ったことがないのだから実感はないが。なにせ産まれる前にこの町を旅立っていったそうだから。


「行ってきまーす」


 靴を履いて玄関を出る。すると待ち人がいた。

 家のすぐ近くの電柱の側に、紅葉の通う学校の制服姿の女の子が姿勢よく立っていた。その女の子の名前は、


「よう、天境橋てんきょうばし。今日は早いじゃないか」


「おはよう、紅葉こうよう。たまには紅葉より早く来てみちゃった」


 このいかにも大人しそうな子は『天境橋てんきょうばしハル』。

 高校進級時に出会った、紅葉の人生初のガールフレンドだ。

 綺麗な黒髪のショートボブが特長で、とても優しい目をしている。小説好きなのは見た目通りといった感じだ。身長は紅葉より頭一つ小さいくらいか。


 余談だが、紅葉はいつも彼女を名字で呼んでいた。

天境橋は名前呼びしてくれてるのに、こちらは気恥ずかしさから躊躇ってしまっている。情けない話だ。


「さ、行こっか」


 ふたりはしゃべりながら学校を目指して歩き始めた。


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