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無意味(ナンセンス)コメディシリーズ

金と運

 キンとウン。

 何となく言ってみただけだ。


 これは、味沢あじさわ良平りょうへいという一人の男が経営する喫茶店『マスタード』での、ある一日の記録である。



 カランコロン。ドアベルが、軽快な音で喫茶店内に鳴り響く。


「いらっしゃいませ」

 味沢は、いつも通りの無表情ぶりで入って来たお客をカウンター越しに迎えた。洗い終わったガラスコップを一つずつ、丁寧に拭いて元ある所に戻している。

 あまり広くはない店内。カウンター席と、4人掛けのソファ座席が窓沿いに3つほどあるだけだ。外の歩道の往来を眺めながらのティータイムには、南向きだしいいだろう。


「通訳が要りますか?」


 味沢はコップを拭く手を止めて、入って来たお客に聞いた。

 お客は首を振る……というより。

美雪みゆきくん。紙とペンを」

 奥の座席でテーブルの上を拭いていたウェイトレス・南野なんの美雪は味沢に呼ばれて「はい」と、返事をしてレジの方へ行く。そして言われた通りに紙とペンを用意して、

「どうぞ」

と、入って来たお客に渡した。

 受け取ったお客。そしてサラサラと、試し書きもせずに まず一文を書いた。


『かたじけない』


 日本語である。

 続けてこう書いた。

『コーヒーを。アメリカンで』

「かしこまりました」

 ニッコリと、美雪は笑う。お客はカウンター席の、味沢の真ん前に座った……というより。


「ご職業は何ですか? この辺りには、初めてで?」

 今度はお皿を拭きながら、味沢は話しかけた。お客は注文したコーヒーを一口飲むと、また紙の上にペンを走らせた。『飼い主……いや、主人となってくれる人を探しています。誰か居ませんか?』

「主人……ですか? あいにく」

 身を乗り出し紙の上の字を読んだ味沢は 素っ気なく答えた。お客は残念そうな顔をする。

 残念そうな……

『そうですか……』

 しばらく沈黙した後、今度は長文を書き出した。

 書き終わると、味沢にハイと渡す。味沢は手を休め それを受け取り、一字一字を頷きながら読み終える。


『私は お金と運さえ くだされば、どんな願い事でも それに見合う分だけ叶える事ができます』


「へええ。素晴らしい特技ですね。魔法ですか?」

 味沢はチラ、とお客を見た。お客は首……を振りながら「いいえ」と態度で示した。

『私の生まれつきの能力です。あと、空を飛べます』


 ……


 ここまで来たら お気づきだろう。

 お客とは、キントウン。西遊記の孫悟空が乗っている……小さな雲だ。

 孫悟空はここでは関係ないけれど、雲の塊である外見は似ている。主人を乗せて、空でも遠くまででも何処までも、ひとっ飛びできる。

 こんな珍客でもしかし。味沢と美雪は ちっとも驚かない。

 そんじょそこらの店長とウェイトレスではなかった。

 特別、何かができるというわけでは、ないのだが。


 すると突然。


「 あ じ さ わ あ ああ !!」


 ガラゴロリンッ。ドアベルが鈍い音で店内に鳴り響いた。

 ここで会ったが百年目というような人相の男が一人、やかましく登場した。

「金返さんかいワレエエエ!」

 左中指だけを立てて、顔を無理矢理 歪ませて。味沢の前までツカツカと詰め寄ってきた。

 キントウンはお客に思われていないようだ。雲だからだ。差別だ。

「どうぞ」

 味沢は一瞬、場に しゃがみ込んで そして取り出した札束を男の前に置いた。

 ドン!

 ドドン!!

 太鼓のような効果音が店内の何処からか。すぐに札束登場の主題歌が流れた。

「今日まで待ってくださいと昨日に約束したじゃありませんか田中さん」

 落ち着いている味沢。「へへへ……そうですねぇ」と手をモミモミ方式に変える田中と呼ばれた男。

「まいど〜」

 用が済んだらサッサと田中は去った。

 これがオトナの交流。


『すごいですね。私の主人になって頂けませんか……一緒に、世の中を変えましょう』

 キントウンは味沢に交渉に出た。

「ノーですね。今の世の中を変えた所で、私の生活が変わるわけではありませんから。いえ、今の生活を変えたくないので、と言いましょう」

 決裂した。

『そうですかあ……残念だ。とてもあなたに、魅かれるのに』

 いきなり雲に告白される味沢。しかし動揺しない。

「お友達なら結構ですよ。いつでもまた店に来てください」

 上手く告白をスルーしたようだ。キントウンは飲みかけのコーヒーを一気に飲み込んだ。

 今さらながら、口は何処だろう。まあいいか。

『トイレ貸してください』

 さらなる疑問を作ってくれるキントウン。トイレって、どうやっ……。


 コホン。

 キントウンがトイレへ入った時。次のお客が入って来た。

 カラ〜ンコロ〜んアハ〜ン。店内にドアベルが鳴り響いた。「いらっしゃいませ」

 味沢はガラスの一輪挿しを吹いていた。文字通り、「吹いて」いた。……音が鳴るわけではない。

「アラ〜ん? 今日は誰も居ないのねえ〜ン」

 ボディにピッタリの黒いチャイナドレスを着こなし、白い大きく柔らかそうなファーショールをかけていた。そしてゴージャスセレブと言われそうな黄金の扇。目が非常に細かい模様だ。

 美雪がまずカウンターから出てきて応対する。「いらっしゃいませ。奥様」

「あら〜美雪ちゃん。お元気ぃ〜? 相変わらず美しいのね。今度一緒に薔薇風呂に入りませんこと? 新しい ホ ー が入りましたのよ」

「いえいえ奥様。そんな私ごときに もったいないお言葉。薔薇風呂は、また機会があれば」

「ホントぉ〜? お約束よお!」

「はい」


 そして奥様はカウンターのお菓子を2つ3つ買ってお帰りになった。

 ゴージャスな割にはケチではと……思っていても口に出しては いけません。

「美雪くん。 ホ ー って、何だ?」

「さあ?」

 手を振りながら奥様を見送った美雪。味沢は新聞を広げて読み始めた。


 さて。ここで一つ事件が。


「うぎゃあああ!!」


 ……カラコロリン?

 疑問的なドアベルが店内に鳴り響いた。新聞をゆっくりとたたんで味沢はカウンター越しに飛び込んできたお客を見た。……ちょっとは びっくりしようよ味沢。

 服が血だらけの青年。胸ぐらを激しく掴んでいる。


「いらっしゃいませ」

 美雪が男に近寄る。「お一人様ですか?」

 違う事 聞いてあげましょうよ、美雪さん。


 男は激しく咳き込み、「し、心臓が……服の血はただのケチャップだ。それより……い、医者を……」と呻いている。

 心臓あたりを強く押さえた。スーツのシワが、その苦しさを表している。

「た、たすけてくれ……」

 すがりつくように、倒れたまま美雪を見上げた。

「救急を呼びますね」

 美雪は、電話の方へ。……何だかなあ……。


 その時ちょうど、トイレからキントウンが出てきた。

「!?」

 カウンターに戻って来たが店の入り口付近で倒れていた男を見て、驚き飛び上がるキントウン。普通のリアクションだが新鮮な感じがするのは何故だろう。

 さておき キントウンは慌てて、カウンターの向こうで鍋を拭いている味沢に詰め寄った。

「……ああ、大丈夫ですよ。今、救急を呼びましたから」

 味沢は拭いた鍋を片付けた。キントウンはオロオロしている。


 しばらくすると、男は静かになった。ピクリとも動かない。

 これは……。

「美雪くん」

「はい」

 呼ばれてやって来た美雪。救急車は呼んだ後だった。

「あとどれくらいで救急車は来ると思う?」

 味沢は前のカウンターの上を布巾で拭き始める。美雪は「ううーん……」と唸りながらパッと指を立てた。

「わかりません。あと7分。適当です」

「そうか。間に合わないな。それではお客さん」

 味沢は今度はキントウンの方を見て言った。

「確か金と運があれば、その男を助ける事ができるんだったっけね?」

 キントウンは驚いて、慌てて側にあった紙に字を書き出す。

『それに見合えば、できます』

「なら、お願いしよう。金は、今の手持ちがこれだけしか無いが」


 そう言ってドドン! とカウンターの上に札束を2つ3つ積んだ。

 あんた何者。

「さっき田中さんに渡してしまったから減ったが。これと私の運で、その男を助けてやってくれ」

「……」


 キントウン、味沢の言うがままに。

 男は味沢のおかげで生き返った。

 天から舞い降りたお迎えの天使たちが「チッ」と舌打ちして帰っていった。

 せっかく来たのでと、救急車に乗せられ男は運ばれていった。



「さてと……今日も平和だったな」

 午後9時57分。閉店時間まであと わずかである。

 味沢は大きく伸びをして、ついでに屈伸運動をした。美雪は、閉店の片付けをし始める。

「閉めますね、マスター」「ああ」

「お客さん、失礼ですが、お帰りにはならないんですか? ずっと居ますけど」


 美雪が、カウンターの端でずっと座ったままのキントウンに呼びかけた。キントウンはサラサラと、また字を書き出す。

『かなりの運を使ったはずです。心配なので、見ていたいのです……構わないでしょうか?』


「マスター」

 振り返って美雪が呼んだ。

「何だ」

 隕石が降って来た。


 ……えぇっ!?


 ドゴォンッ!!


 ……

 建物の天井を突き抜けて、床に突き刺さるように直撃した。わずか直径数センチほどの物質の塊でも、攻撃力は脅威だ。プスプス……と、煙が床に埋めり込んだ隕石から細く出ている。


「危ない所でしたね、マスター」

「まったくだ。こんな世の中じゃ」

 味沢は決心した。


「お客さん、いいでしょう。世の中を変えましょう。隕石の降らない世界に」

 交渉成立。2人は結ばれた。



 ……何か違うような……。



「明日から就職先、探しますね」

 美雪はレジの側の棚から求人冊子を手に取った。




《END》





【あとがき】

 そろそろ体をほぐさないとマズイかもしれません。明日、掃除しよう……。

 盛り塩放置。これもマズイ@。


 ありがとうございました。




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― 新着の感想 ―
[一言] すごいなぁ。センスよすぎですよ(w) カタチは非常識なのに常識的なキントウン。 人間なのにいささか非常識な奴ら。 最高です。そのセンス見習いたいものです。
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