キレイゴトでは生きられない
一ヶ月前、一人のクラスメートがいじめられ始めた。
理由は簡単、クラスの中心であるグループに逆らったから、それだけだ。
いじめられている子を助けたのだ、隠れてならまだしもいじめっこのの前で助けて、その上に注意をしたのだ。
「いじめなんてくだらないことやめなよ」
その一言でいじめが終わるならこの世からそんなものなくなっているはずだ。そう思いながら私は彼女たちを隅っこから見ていた。
クラス中が見守っているなかリーダー格の女子が顔をしかめて教室から出ていった。仲間たちも後に続く。
うずくまって泣いているいじめられっ子に彼女は手を差しのべた。
「大丈夫?」
「……余計なこと、しないでよ」
静かな教室にそんな呟きが聞こえた。
「もっと、いじめが酷くなったらどうするのよ!」
そう言っていじめられっ子は彼女を睨み付ける、本気で怒っている顔だった。肩で息をしながら捲し立てる。
「今まで……我慢してたのに、酷くならないようにしてたのに、あんたには何にも関係ないのに」
「そんなつもりじゃ……」
「あんたがそんなつもりじゃなくても、あんたに対する怒りが私に全部返ってくるの!」
いじめられっ子にとってはありがた迷惑だったろうな、彼女にきっと悪気はないと思う。
でも、私達から見てみれば彼女はただの――
「偽善者」
小さな声で私は呟いた。
その声に彼女は反応した、ひどく傷ついた顔だった。
そこで授業が始まるチャイムが鳴った、全員が静かに着席した。
その次の日だった、彼女の靴が隠されたのは。
彼女はその日一日中靴下のまま過ごした、そんな姿をいじめっ子たちはニタニタ笑いながら見ていた。
醜い顔だ、鏡で見せてやりたい。
それから、日に日にいじめはエスカレートしていった。
いじめられっ子はいじめられなくなった。
代わりに彼女が次のターゲットになった。そんな彼女に手をさしのべる人はいなかった、もちろん私も元いじめられっ子も。
自業自得だ、彼女だってわかっていたことだろう。
ある日の昼休み、トイレに行くとずぶ濡れで床に座り込んでいる彼女に出会った。
私はその隣を横切りトイレを済ませて手を洗った。洗っているときふと横を見ると彼女と目があった。
泣き腫らした赤い目、何かを訴えるように私を見てくる。
「……この間、私のこと偽善者って言ったのあなたでしょ?」
「うん」
「確かにそうかもしれないけど、私はあなたたちよりもましだと思う」
「どういうこと?」
笑って彼女は言った。
「傍観者」
傍観者、確かに私はそうだし、クラスのほとんどが当てはまるだろう。しかし、私はそれを悪いことだとは思っていない。
誰だって自分が一番だ、他人より先にまず自分と言う人が多いだろう。それに私たちはまだ子どもで人間はできていない。
「傍観者の何が悪いの?教えてよ」
「どうして助けようとしないの?いじめられてるのを見てなにも思わないの?」
「思うよ、けど、そんな勇気を皆持っている訳じゃない。漫画やドラマのようにはできないの」
彼女は私の言うことを黙って聞いていた。
「知ってる?いじめは世界からはなくならない、大人になってもあるんだ、現に今君はいじめられているでしょ?」
「……私は別にいいよ」
「本当に思ってる?心のどこかで思ってるんじゃないの?」
座り込んでいる彼女に目線を合わせて語りかける。
「あの時、助けなきゃよかったって」
充血した目が大きく見開かれる。
「後悔なんてしてないわよ」
そう言って彼女は出ていった。
人は正論を言われると腹をたてるものだ。
しばらくたったある日、彼女は学校に来なくなった。登校拒否のようだ。
「ほら、ね」
人間は弱いのだ、弱いからいじめはなくならない。
自分より弱いやつをいじめる、強いやつには媚びへつらう、人間の心理だ。
たまに、弱いのに強いふりをする人間がいる、そんなことしていると潰される。
ああ、何て分かりやすい世の中だ。
彼女は屋上から飛び降りて死んだ、自分で自分を殺した。
彼女の葬式にはたくさんの人が参列していた、泣いている人もいればぼんやりしている人もいる。
焼香のとき私は彼女の棺に向かって言った。
「馬鹿」
これが一人の偽善者の末路だ。なんて虚しく悲しい終わり方だろう。
ほら、見てみろよ、元いじめられっ子はお前なんかに感謝していないぞ。
見ろ、お前が死んだのにいじめっ子は今日も生き続けてるんだぞ。
「悔しく、ないの?」
笑っている遺影に語りかける、当然返事はない。
キレイな人間はキタナイ世界では生きられない。キタナイ空気を吸って死んでしまう。
こうやって死んでいくんだ、善人は。
私は死にたくないので今日も傍観者で居続ける。
元いじめられっ子はいじめられっ子に戻ってしまった。
いじめっ子は相変わらず醜い顔でいじめをしている。
クラスのほとんどが見て見ぬふりの傍観者で――
所詮、人間なんてそんなもの。それが私たちの当り前。
そんな感じで私たちの世界は廻っている。