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ナナちゃん禁止です!2

作者: 式神 影人

 4月…新しい夢見る若者達が学園に集い、この女子寮にも5名の少女が入寮してきた。

 そしてそれは新たな騒動の始まりでもあった。

 汀達は3年、実紅達は2年生となりこの寮生活に置ける注意事項などを説明していた。

「何様、アイツ…」

 何処にでも必ず居るちょっと気合いの入った今時のギャル系の娘に3年生の1人が耳打ちする。

「あの人は寮長の汀さんよ、あまりフザケ過ぎると恐いよ〜。貴女も業界目指して来たなら汀さんのお父さん、聞いた事有ると思うけどなぁ…」

 実際にそんな事する女性では無いのは周知の事実だが、最初に釘を刺しておこうという事だろう。

「…チッ」

 忌々しそうに舌打ちする新入生、しかしこの娘よりも一番後ろで瞳を潤ませる少女の方が爆弾を抱えていた。

「…素敵、お姉様ぁ」

 ジッと汀を見つめるその様子は何か妖しげな雰囲気を醸し出している。端正な顔立ち凛とした性格と振る舞い宝塚ファンならずとも憧れるだろう。ただこの娘の場合、少し方向性が異なる様だが…。

「それでは各自荷物を部屋に置いて登校してください」

 号令をかける汀の傍にあの妖しい娘が寄り添う。

「さぁ、貴女も…」

 熱い眼差しを送り離れる様子はない。

「先輩、何スかコレ?」

 気合い少女が指差したのは例の寮則の貼り紙。

「ああ…それね。夕食時にでも説明するわ。楽しみにしててね、ここのご飯はホテル顔負けのシェフが作るから」

「フ〜ン…」

 ちょっと胡散臭さそうな表情でミーティングルームを後にした。

 何やら雲行きが怪しくなり始めた新学期はこうして幕を開けた。

「ネェ、ちょっとヤバく無い?」

 殆ど学長の挨拶と同級生の顔合わせや担任からの説明のみで終了した学園からの帰り道、新入生の数名は制服のまま繁華街へと遊びに来ていた。

「あんな堅っ苦しい所、直ぐ帰れっかよ」

率先しているのはあの気合い娘、ピシャリと先手を打たれたのが気に入らないらしい。

「ねぇ、ちょっと良いかなぁ」

 これまたよく居るナンパ野郎共…しかしコイツ等はちょっと質が悪そうだった。

 

 

「放せよ、クソ野郎!放せってんだ!」

 少し離れた場所に停められたドアの開いたワゴン車、運転席にはイライラと煙草を啣える男が1人座っている。

 遊びでのHでは無く、あくまで自己中心的なレイプ目的の青年達がナイフ片手に迫っていく。

 自分一人なら何とかなったかもしれないが、連れの生徒が足手まといとなり、逃げるタイミングを逸し、ビルの谷間に追い詰められてしまった。

「キャアッ!?」

 振り回されるナイフを避けようとしてバランスを崩し倒れ込む。

「さぁ、温和しくしな」

 暴漢の右手が少女達に伸びようとした瞬間、背後で鈍い音がする。

「グエッ…」

ドサッ

「誰だぁ〜」

 差し込む光に浮かぶ人影。

『どうも〜、通りすがりのヒーローで〜す』

 深々と被ったキャップの下から白い歯が光る。

「ざけんなテメェ!」

 ドスッ!ザシュッ!と叩き込まれる拳。瞬殺される男2人、握っていたナイフが落ち、その場に崩れる。

『ネェ、遊んでくれるんでしょ?まだ物足りないんだけどなぁ〜』

「…ウラァーッ!」

ビシッ!

 突き出されたナイフに弾き跳ばされたキャップが宙に舞い、地面に落ちると同時に暴漢リーダーも崩れ落ちた。

パンパン…

 キャップの埃を払い、再び深々と被り直す。

『大丈夫?』

パシッ!

 差し出した右手を打ち払う。

「余計な真似しやがっ…」

 立ち上がろうとした瞬間、ガクッと膝をつく。今頃襲ってきた恐怖、助かったという安心感から腰を抜かしてしまい、体が小刻みに震える。

「ちょっと待ってね」

 ポケットから取り出したハンカチをレジ袋から取り出したミネラルウォーターで濡らし、そっと頬を拭う。

(…いい匂い)

『その制服、月華の娘だろ?気を付けないと、折角可愛い顔なのに…』

 指先から滴る血をそっと唇で拭い、可愛い模様の絆創膏で包む。

 ボンッと真っ赤になる頬、体温が急速に上昇する。

「ち…畜生…グフッ」

 

 携帯を取り出した男の手を踏みつけ、脇腹を思い切り蹴り上げる。

『良かった、みんな無事みたいだね。ところで動けるなら早く去った方が良いよ。警察や仲間が来たら面倒臭いから』


 少女達を道路側へと誘導し、背中越しにピッと指を振って風の様に去っていった。

「あ…あの…」

 

 

「名前…聞けなかったね…」

 トボトボと帰ってきた気合い娘ほかは汚れた制服、その雰囲気から汀には少し厳しめの注意のみで解放された。そして帽子を深々と被った髪の長い少年に助けられた事も報告が済んだが名前は分からないままだと。

「せめて名前位聞いておくべきだったわね」

 早めに自室へ戻し、制服はクリーニングに出すように指示をした。

(でも、聞いた風貌のイメージが誰かに重なる気がするのよね…)

 

 

 その日の夕方、新入生歓迎会を兼ねて寮の夕食はちょっとしたご馳走だった。

「ヒャッホー!今日もご馳走だ〜」

「流石だねぇ、ウチのシェフは」

 ウンウンと首を縦に振る上級組、そして呆然とする新入生達。

「もう少しかかるみたいだから先に自己紹介から始めましょうか」

 寮長である汀から始まり3年生から2年生へと簡素に続き、既存者の最後は実紅の番だった。

「新入生の皆さん、はじめまして2年の葉常 実紅で…」

「リリーだぁッ!!」

 顔を上げた瞬間、新入生の一人が突然叫ぶ。

「リリーって、まさか…」

「間違いないよ、私PV観たもん!」

 騒然となる室内、と言っても5人の新入生が騒いでるだけだが。

「ハイハイ、静かに!校則にも有りますが、学園及び業界内の事は漏洩厳禁です。勿論この寮においても適用されますので」

 実紅がリリーだと見破った少女が再び声を上げる。

「先輩、リリーが居るって事は、ローズも居るんですか?」

ピキ…

 一瞬固まる空気、やはり説明しなきゃいけないんだろうなぁ…という雰囲気で互いに目で合図を送り合う。

「そ…その事なんだけど…」

 歯切れの悪い口調で汀が喋り出した瞬間、厨房奥から誰かが顔を出した。

『汀さん、もう始めてくれてOKですよ〜』

 長めの髪をポニーに束ね、バンダナを巻いたエプロン姿を見た瞬間に新入生5人全員が一斉に叫んだ!

「ローズ、居たーッ!!」

「助けてくれた人が居たーッ!!」

「ナナちゃん、見っけたーッ!!」

 エッ?エエッ!?と顔を見合わす全員。そして七瀬はある一人を見て顔色が蒼白になっている。

「先輩、この人っすよアタシ等を助けてくれたのは!」

「私も何となくそんな気がしてたけど、何故そこの貴女は七瀬さんの事知ってるの!?」

 汀が指差したのはあの妖しげな少女だった。

「勿論ですよ、お姉様。私は百地 胡桃、ナナちゃんの婚約者です!」

 そう言って七瀬の腕にギュッと抱き付いた。

……

…………

「エエーーッ!?」

 騒然とする食堂内。

「助けてくれた人がローズで、ローズが婚約者で、婚約者って事は男の人で、でもローズは女の子で…目の前に居る女の子が婚約者…ああもう、誰か説明してくれ!」

「ナナちゃん、婚約者って?」

「そうよ、七瀬君説明して!」

 実紅や汀、その場の全員が七瀬に詰め寄った。

『ちょ…ちょっと、落ち着いて下さい』

 一度全員との距離を置き、話し始める。

「じゃあ、胡桃さんは七瀬さんの叔父、百瀬Pの娘、つまり従姉妹って事?」

『そうです』

(従姉妹って結婚出来たっけ?)

(いや、それ以前に七瀬さんってどっち…?) 見ての通りですが…と言われても、胸が残念なだけでスカート履いたエプロン姿で薄化粧してて、声も高めで喉仏も出ていない。見た目通りで判断するなら女の子なんですけど…。

「私のナナちゃんイジメちゃ駄目です。ナナちゃんは綺麗な真っ白のウェディングドレスで迎えに来て貰うんですから」

 だからどっちがドレスを着るの…新入生は更に困惑し、上級生はその姿を想像し笑いを堪えた。

『悪いけど、ちょっと黙ってて…モク』

 危ない…ていうか少し電波系?の胡桃の肩に手を乗せ宥める。しかし、もう一人反応した娘が…。

「何でアタシが黙んなきゃいけないんすか。てか何で七瀬さんがアタシのあだ名知ってんすか?」

 エッ?とまた混乱が増える。電波系は百地 胡桃を略してモクなんだけど、君は?と尋ねると態度とは裏腹の胸を張ってこう言った。

「アタシは元木 來未、だからモクって呼ばれてる」

 …[モク]が2人…?

1人は言葉に毒を持ってそうな気合い娘、もう1人は妖しい電波系少女の[モク]…何の悪戯だ。いっその事2人で[毒電波]ってユニットでも組ませるか?

 冗談はさて置き、ややこしいので名前で呼ぶことにした。來未の方はアッサリ承諾したが胡桃は少しゴネていた。しかし、七瀬の一言で解決した。

『僕も[胡桃]って呼んじゃ駄目?』

「ナナちゃんは私のお姫様だから良いよ」

…だそうだ。

 もっとも、ライバルが増えた事に変わりは無く、静かに胡桃と実紅が七瀬の腕を取り、互いに自分の方へと引き寄せ合っている。そしてその様を見詰める視線があった。

「七瀬さんか…イイじゃん」

 ピコンと何かのフラグが立つ音が鳴った気がする。

 汀は改めて新入生に対し[プリム・ナイツ]そして[七瀬]に関する事を秘密厳守として念をおした。

 少し時間が遅れた歓迎会兼夕食は新入生の歓喜の悲鳴と一部の視線の火花に飾られ、それぞれの思惑を含んだまま終了した。

 

 

シ…シ…

 その深夜、足音と息を潜め、廊下を移動する影が一つ。しかし、枕を手に可愛いパジャマ姿の不審者は堂々とある部屋へと向かっていた。

カチャリ…

 ドアノブに手を掛けた瞬間、誰かが襟首を掴んだ。

「管理人室に何か用かしら?胡桃ちゃん…」

「あ、お姉様…。ナナちゃんと一緒に眠るんですけど?」

 さも当然の様に答えた。

「寮則見たわよね?」

「ハイ!」

 じゃあ、と180度クルリと回れ右をさせてお尻をひっ叩く。

「おやすみなさい!」

「お姉様の意地悪!ベーだ!!」

 叩かれたお尻を押さえながら舌を出して走り去って行った。

「フゥ…、今年は大変な娘達が入ってきたわね…」

 ガックリと肩を落とし、大きなため息をつきながら寮内を一回りしてから自室に戻った。

 

 

 翌朝、微妙な緊張感の張りつめた食堂での食事を終えた後、寮生達は学園へと登校していった。

『まさか、胡桃が来るなんてなぁ…』

 父親が業界人である以上、可能性は考えなくも無かったが、まさかここに来るとまでは思わなかった七瀬は正直焦っていた。

 特定の相手が居る訳では無いがあまり胡桃にベタベタされるのも宜しくない。

ガサッ…

『誰?』

 七瀬以外全員が出払った筈の女子寮。庭を掃除していた七瀬に突然何者かが襲いかかってきた。

『チィッ!』

 物陰から跳び掛かってきた相手の攻撃は互いを掠め、また物陰に身を潜める。

『素手…みたいね』

 持っていた竹箒を手放すと気配のする方へと身構えた。

ザバッ!

 意表を突き、七瀬が向かう右後ろから跳び掛かってきた曲者を背負い投げ、組伏した。

フニ…

 盛りは少ないものの適度な柔らかさ。もしかしてコレって…?

「ま…参ったッス。アタシの負けッスから手を退けて…」

 この声…來未ちゃん!?って事はさっきの手応えは…。

『ワッタタ…ゴメン、て言うか何故此処に居るの?』

 今は授業中の筈、なのに女子寮に居るって事は忘れ物?サボリ?

「先日は不覚をとり、無様晒してしまったスから一度ガチでやりたかったんスが…」

 腕に覚えはあったようだが、不意打ちまでしたものの、軽くかわされてしまった。

「じゃあ…、アタシはこれで…」

 踵を返す來未の肩をグッと掴んでニッコリと笑う。

『人にいきなり襲い掛かっておいて無事に帰れるとでも?』

「…ヘ?」

ガチャリ…

 無理矢理連れ込まれた管理人室、閉ざされた鍵…。寮内には若い男女二人きり。

「ま…マヂッスか…」

『さてと…体で償って貰いましょうか?覚悟しなさい!』

 ジリジリと迫る七瀬…怯える來未の服に手が掛かる。

「キャーッ!!」

 白昼の女子寮に少女の悲鳴が響き渡った。

……

…………

 一方、学園内の食堂ではない生徒達が賑やかにランチを食している中、実紅は1人浮かない顔をしていた。

「う〜、何なのよもう…」

 プリム・ナイツとしての時間を過ごして他の誰よりもイニシャティブを得ていた筈なのに、入ってきた新入生…しかも予想だにしなかった婚約者の登場に実紅は戸惑っていた。同じ時間を過ごし、共に努力をして、通い合った心。勇気を出して一緒にお風呂に入って、それからキスをして…。七瀬と誰よりもずっと傍に居たい。ただそれだけの思い…しかし突然の乱入者によってかき乱された淡い恋心は今、波紋の様に震えていた。

「ねぇ知ってる?、あの來未って娘、今日いきなりサボってるらしいよ」

 クラスメイトから告げられる言葉に一層不安が広がる。

「…ナナちゃん」

……

…………

「ぅう…こんなのあんまりっスよ…」

 満足げに微笑む七瀬とうな垂れる來未。

『抵抗するからだろう?』

「だからって無理矢理なんて…」

 大きな段ボール箱や袋を抱えた二人が歩いているのは馴染みの商店街。キツメのメイクを落とされナチュラル&愛らしい姿にさせられた來未は頬を染め落ち着かない様子。

『仕方無いでしょ、貴女達の分も増えて大変なんだから。文句言わないで車まで運んでね』

 制服で歩き回る訳にはいかないので例のご褒美の服からチョイスして着せてみた。

「でも、裸より素顔見られる方が恥ずかしいっていうか…」

 服といい、メイク技術といい、本当に男なのかという疑問は解消されず深まるままだった。

『そう言わないで、その方が絶対可愛いんだから!』

 例のメイク担当直伝の腕を抜いても來未は充分過ぎる程の容姿であり、一年早ければ彼女がローズ役を射止めていても過言ではなかったろう。

 山程の食材や消耗品を車のトランクと後部座席に積み込みドアを閉めた。

 車という閉鎖空間に二人きり…、先程の事もあり、來未の鼓動は高鳴り、意識せざるをえない。その証拠に頬を染め、無言で俯いたままだ。

『來未ちゃん…』

「ハ…ハイ?」

 突然話し掛けられ声が裏替えっている。

『心配しなくてもそんな所に連れ込んだりしないから』

「あ…アタシはそんな…」

 明らかに図星を突かれた來未は慌てて手を振る。

『僕は実紅ちゃんやみんなの為に戻ってきた。だから何もしない』

 自分を通す為に生きてきた來未とみんなの為に女装してまで自分を抑えている七瀬とは真逆の生き方。理解は難しいかもしれないが優しさと強さ、そして何かの為に信念を貫くという意味では惹かれる物が有る、今の來未にはそれで充分だった。ただそれが何かは解らずにいたが…。

「よう、お久〜」

 アトラクションチーム[TRY]のリーダー、つまりこの間のイベントで倒れた隊長さんが退院したので菓子折り片手に学園へとやって来た。

 プリム・ナイツの事は機密事項だし、女子寮に案内する訳にもいかず、学園のミーティングルームでの会合となった。

「あん時は有難うな、お陰で助かったよ」

 あれから2回ほどお見舞いに行ったが、疲労と風邪が重なった事が原因らしい。同伴としてMCのお姉さんも来ている。どうやらただ心配でついて来ただけでは無さそうだ。その事をそれとなく問いただすと顔を染め、気恥ずかしそうに笑いながら喋りだした。

「実はコイツと婚約してな…」

 二人の指には簡素なリングが光っていた。

「ちょっと、[コイツ]は無いでしょ?」

 入院中献身的に世話をするお姉さんに対するケジメらしいのだが、同じチームのメンバーからすれば「やっと?」「今更?」て事らしい。

「でね、もう早く言いなさいよ、モク!」

 お姉さんが隊長の腕を肘でツツいて促す。

「あ…あの、モクって?」

 最近よく耳にする愛称に実紅と七瀬は少し嫌な予感を覚えた。

「アレ?まだ教えて無かったっけ…俺の名前は[木場 勇人]…だからモクて呼ばれてるんだけど…」

 学生の頃から禁煙パイプを啣えていたのも原因らしい。よく見るとお姉さんの指には数ヶ所切り傷痕があり、悪いかなと思いつつも尋ねてみると少し恥ずかしそうに言葉を濁した。

「ん…昔、ちょっとね…」

 それ以上は聞いてはいけない気がして言葉を続ける事は無かった。

「あ…あの、ちょっと…」

 少し何か言いたそうにモジモジとするお姉さんを見て実紅は手を差し出した。

「ご案内します、コチラヘどうぞ」

 2人連れ立って立ち去る後ろ姿に隊長が声を掛けかけたが、七瀬が征する。

「オ〜イ、二人とも何処へ…」

『隊長、隊長…』

 やっと気付いたらしく気まずそうに笑った。

「ごゆっくり…」

「馬鹿!」

 隊長の頭にゲンコツを喰らわせてそそくさと退室して行った。

 二人の足音が遠ざかるのを確認すると急に真面目な表情で隊長が切り出した。

「実はな…お前に聞きたい事が有ったんだ…」

……

…………

「ウエ〜ィ、畜生…午前サボった位であそこまで怒らなくてもイイじゃん…」

 次のレッスン場へと移動中の來未達がブツブツ愚痴りながら歩いている。実際は七瀬が施したメイクと口添えのお陰でかなり穏便に済んではいるのだが…。

 

 丁度ミーティングルームの前を通過しようとした時…。

「あ…あれって!?」

 來未が目撃したのは人気の無いミーティングルームで抱き合う二人の男女…いや、正確には見知らぬ男の腕の中で七瀬がその身を預けていた。

「ちょ…ヤベェじゃん…」

 來未は気取られぬようにその場を後にした。

 

 

 その日の夕方、校門の前で汀と実紅を待ちかまえていた來未が二人を呼び止めた。

「ちょっとお話が有るんスけど…」

 真剣な來未の表情に何かを感じた二人は近くのファーストフード店へとやって来た。

「…という訳なんスよ」

プッ…

 あまりにも突拍子のない話に二人は吹き出してしまった。

「あのね…ナナちゃんはちゃんとした男の子だよ…」

「そうよ、七瀬君が男の人と親密そうに抱き合ってたからって…」

 七瀬の事をよく知らない新入生なら仕方無いと笑ってみたもののイマイチ否定しきれない気もする。

「でもアタシはこの目で見たんスよ」

「隊長さんは同じチームの女性と婚約したんだからそんな事有り得ないよ」

「そうよ、七瀬君はこれだけ周りに美人が居るのに、いくらモーション掛けてもちゃんと規約を守って……」

……

 フォローすればする程疑惑が深まりそうな気になっていく。

「七瀬君が男の子なのは間違い無いけど、一度確かめておいた方が良さそうね。お互いの為に…」

 恋する乙女達はそれぞれの思惑を胸に寮へと帰っていった。

 

 

 寮に帰り着いた3人は食堂前が妙にざわついているのに気付いた。

「どうしたのみんな?」

 汀が問いただすと夕食の時間になってもPOPが架かっていないらしい。

 実紅とユニットを組んでいた時ならいざ知らず、普段は時間に遅れる事など無い。管理人室にもいないし、出掛けている様子もない。


「七瀬君、開けるわよ」

 食事の用意は完了しているみたいだった。

 念の為歩みを進めた厨房の奥に人の足が見える。

「ま…まさか、七瀬…君?」

 そこにはグッタリと倒れ込んだ七瀬がいた。皆が駆け寄り、慌てて抱き起こすと蒼白な顔色、全身汗をかき、額に手をあとると異常に熱い。

「だ…誰か救急車を!」

 幸い全ての火は消えていた。スイッチをオフにした時点で力尽きたのだろう。

「七瀬君はいつも無理するから…」

 搬入先の医者の看立てでは過労が原因らしい。2〜3日も養生すれば大丈夫との事だが、その2〜3日が彼女達にはかなり問題だったりする。

何しろ半日であの有様なのだから…。

「そういえば午前中、七瀬さんが仕事を手伝って欲しいと…」

 普段ならそんな事は言わない。來未に手伝いを頼む事自体おかしいのだから。

 点滴のチューブに繋がれた七瀬は薬が効いてきたのか症状は幾分落ち着いている。

「全く…私達の為なら後先考えないんだから…」

 汀が髪を優しく撫でる。人目が無ければキスしていただろう。

「仕方有りません、ここはナナちゃんの婚約者である私が…」

 いそいそとベッドに潜り込もうとする胡桃を抓み出す。

「貴女が居ると余計ややこしくなるから…」

「アアン…、お姉様の意地悪〜」

 この場合、実紅に任せた方が良いのかもしれないが、今の彼女では動揺が大きすぎて不安がある。他の娘達も勿論、百地さんは論外として、一番冷静に対処出来るのは…。

「元木さん、暫く七瀬君の事、お願いできるかしら?」

 汀が指名したのは來未だった。

「汀さん、私なら大丈夫です」

 実紅が前に出るも、それを征した。

「葉常さん、申し訳無いけど、この場合貴女では感情が前に出過ぎて逆に危ないの…分かって頂戴」

「ですが…」

「私も出来るなら七瀬君の傍に居たいわ。でも彼の居ない寮を纏めなければいけないし、貴女にも為すべき事が有る筈よ」

 優しくも厳しい汀の言葉に実紅は何も言えなかった。

「じゃあ、お願いね元木さん…」

「…分かりました」

 來未の肩を叩き、汀は寮生達を連れて帰った。

「私に何が出来る…?」

 そう呟きながら來未は病室を後にした。

 

 

 翌日の放課後、一度寮に戻りタオルや下着を手に七瀬の病室へと向かった。

「大丈夫っスか?七瀬さん」

『ウン、お陰様で…』

 強がってはいるが腕にはまだ点滴が打たれ、顔色も良くない。

「ハイ、これ…」

 少し顔を赤くしているのを見れば中身のおよその見当はつく。

『ごめんね、迷惑かけて』

「そう思うなら無理はしないでください」

 流石に出会って日の浅い二人では会話が続かない。

『みんなの食事は大丈夫?』

「………何とか」

 即答で無いあたり大丈夫では無さそうだ。

『ハハ…帰ったら忙しくなりそうだね』

「病人は要らぬ事考えずに寝てればいいんスよ」

『ウン…そうする…』

 話し疲れたのか七瀬はそのまま眠ってしまった。

「まるで眠れる森の美女か白雪姫っスね…」

 七瀬の寝顔を眺めながら來未は何かを考えていた。

「……な…何故」

 翌々日、見舞いに訪れた実紅達が見たのは綺麗に片付けられた病室…。ベッドに七瀬の姿は無く、ネームカードも外されていた。

 綺麗に拭かれた窓、真新しいシーツ、そこに人が居た形跡すらない。

「…あ…あの…」

 近くを通りかかった看護師に声を掛けるも返ってきた答えは…。

「あ…七瀬さん…ですか…」

 申し訳無さそうに言葉を濁す看護師はその場を去っていった。

「まだ若いのに…可哀想」

 微かに聴こえる会話。

「まさか…」

 イヤな予感に沈む寮生達、しかし奥側のナースステーションでは一転した空気が流れていた。

「もう行っちゃうんですか?」

「また、いつでも来てくださいね」

 こっちは絶望しかけているのに…。

『いや、頻繁に来るべき所じゃ無いでしょ』

 あれ?何か聞き覚えの有る声が…。

『それじゃあ、失礼します』

……

…………

『本当にご心配おかけしました…』

 寮に戻った七瀬が少し頭を傾げ、爽やかな笑顔で笑う。

「全く…心配したんだからね」

ジィ…

 寮生の1人か七瀬を見つめている。

「ヒゲ…生えないんだね。しかも、痩せた…?」

 僅か3日の事だが、流石は良く感知出来ること…。

「私達、ナナちゃんのご飯食べられなかったからなぁ…」

 1人がお腹を隠す様に押さえた。

「そうだよ、見てよこの脚!」

「キャアッ!?」

 隣の娘がお腹を押さえている娘のスカートを捲った。一瞬、紫と白のストライプが過ぎる。

「な…な…」

 慌てて裾を押さえた娘は真っ赤な顔で恨めしそうに睨んでいる。

「何よ、お見舞いに行くからって、ワザワザ寮に戻って[取って置き]に履き替えて来たのは誰?」

「見せるのと、視られるは違うわよ!」

 どちらにせよ、前提は有ったらしい。報復戦とばかりに互いの裾を狙っての攻防が繰り広げられている。が、流石は七瀬。顔を背けて見なかった事にしている。

「貴女達、いい加減になさい。七瀬君は3日間入院してたのよ」

 上級生の中でもこのお調子者の二人は汀の言葉を違う意味にとったらしく互いに七瀬の腕をとり、連れて行こうとする。

「だったらお姉さん達が責任を持って処理して…」

ポカン×2

 二人の頭に怒りのゲンコツが落ちる。

「本当に怒るわよ…」

 

 七瀬が危惧していた程寮内は散らかってはいなかった。流石に彼女達も考える所が有ったのだろう。極力七瀬に負担がかからない様に行動していたようだ。

 その日の夕食は七瀬の退院祝いを兼ねた簡素なパーティーが執り行われた。料理は全て出来合いのファーストフードやお菓子とかだったが、主催者いわく、

「退院したばかりのナナちゃんの負担を減らす為で、決して作れないとか、食中りで再入院されたら困るとかじゃ無いからね」

…だそうだ。

『有難うございます』

と、笑っている七瀬だが、心の中で

(2週間に1度位、料理教室を開催した方が良いかも…)

と、また自分の負担が増えそうな事を考えていた。

 明くる日、今日は土曜日という事もあり、特にレッスンの無い娘達は朝から溜まった洗濯物と格闘していた。

 マメな娘は普段から朝早く起きて干しているのだが、そうで無い娘は洗濯機の争奪戦となる。

 例のお調子者の二人は順番待ちの間、廊下の掃除をしている七瀬に対し、

「今夜のおかずにどう?」

「洗って返してくれたら嬉しいなぁ」

とか言ってスカートの中に手を掛けてからかっているのを汀に見つかり、またもお小言を受けていたりする。

 そろそろ皆が落ち着きを取り戻し始めた頃、汀は入院騒動でうやむやになっていた問題の解消にのりだした。

 まずはアトラクチーム隊長 木場さんとのBL疑惑。これは簡単に解決した。体調を崩していた七瀬が倒れたのを木場さんが支えてくれたらしい。ちょっとイケナイ妄想をしたのだが期待はずれだったらしい。

 次に百地 胡桃の件だがお約束通りの幼い頃のおママゴトでの事らしく正式な婚約では無い様だ。ただ胡桃は男嫌いで七瀬以外は恋愛対象外らしいのだが、時折自分に向けられる視線が七瀬と同様の物と感じる気がするのには一抹の不安があった。

 しかし、一番の問題は七瀬自身だった。男子禁制の女子寮に同年代の男子。いつまでもこのままで良い訳はない、良い意味でも、悪い意味でも影響は出てしまう。現に憂う汀自身も多少なりと影響されているのだから。

 そしてもう一つの悪い影響が動き出した。

「フフフ…お姉様には申し訳有りませんが、私のナナちゃんを誰にも渡すつもりは有りません。愛する者同士が傍に居る、これは当然の事なのですから」

 全員が寝静まった深夜、ベッドから起き上がる一つの影。前回失敗したにも関わらす、再び七瀬の寝所へ…つまり夜這い決行しようという事らしい。

 足音を殺しながら階段を降りていく。バスルーム、そして食堂を越えた先に愛する眠り姫はいる。角を曲がれば後は一直線…しかし、食堂あた光が洩れている。

「こんな時間に誰だろう…」

 そっと扉を開け、中を覗いてみる。タンタンと刻まれる一定のリズム、食欲を掻き立てる美味しそうな香り。額に汗して、自分の知らない真剣な顔で厨房に立つ七瀬の姿があった。

『どうしたのこんな時間に…?』

「ん…ちょっと寝付けなくて」

 まさか夜這いに来ましたとは言えず、椅子に腰掛けた。

「ナナちゃんこそ」

 カチャっと冷蔵庫を開けた後にコンロに着火する気配。

『みんなの朝食の仕込み』

 胡桃は黙って背中を見つめていた。

(毎日こんな事してたら倒れて当然だよ…)

 七瀬が優しい事は知っている、ただそれが胡桃の中で何かを募らせていた。

 幼い頃の他愛無く頼りない一方的な約束…。少しでもそれを確かめたくて此処に来た。

カチャ…

『ハイ、これ飲んだらグッスリ眠れるよ…』

 差し出された一杯のホットミルク、口に含むとその温かさとほのかな甘味が広がり、不安を溶かしていく。

(…覚えてくれてたんだ)

 小さい頃、父親が倒れ七瀬宅に預けられた時、不安で眠れなかった自分に作ってくれたホットミルク。暖かな温もりに包まれ眠りについた。ずっと手を繋いだままで…。

 これは誰の物でも無く、自分の為だけに注がれたホットミルク。それだけで充分だった…。

「流石は私のお嫁さんだ、有難う…」

 七瀬の頬にキスをすると廊下への扉を開けた。

「おやすみ、ナナちゃん」

『おやすみなさい、胡桃ちゃん』

 その夜から胡桃が夜這いをかける事は無くなった。

 

 

「オハヨー、ナナちゃん」

 翌朝、七瀬の腕に抱き付く胡桃。いつもと同じ朝の一幕。

 芳ばしい焼きたてのパンの匂いと香しい紅茶の香り。

「昨日、新しいパンツ買ったんだ。私はいつでもOKだからね」

 相変わらず堂々とモーションをかける胡桃に汀の雷が落ちる。

「百地さん、コレ!」

 貼り紙の手書き部分を指し示す。

 その時、誰一人胡桃の小さな変化に気付く事は無かった。

「お早うございます、汀先輩…」

 今の胡桃には焦りなど無い、その瞳には決意の輝きに満ちていた。

 

 

『もしもし…ハイ、七瀬です。例のお話ですが…』

 土曜日の夜、皆がお風呂に入っているタイミングを見計らい掛けられた電話。

『ハイ、では明日10時に…』

ピッ…

 朝食の片付けを終えた後、寮から七瀬の姿が消えた。

「やっぱり何処にも居ませんよ」

「そう…」

 寮や学園、商店街にも七瀬は訪れていなかった。

 立ち寄りそうな場所を巡り歩く内にとある複合商業施設へと辿り着いた。ここは七瀬と実紅がご褒美の買い物をした場所だった。

「汀先輩、これ見てください!」

 胡桃が指差したのは[屋上特設会場にてヒーローショー開催中]と書かれたポスターだった。

「あ…あのね…」

 頭を抱える汀の目に映った小さな文字[アトラクションチームTRY]…。

「ここって確か…」

 それは木場隊長率いるメンバーだった。会場ではすでにショーが上演中で、ヒーローと怪人にその戦闘員達が所狭しと暴れていた。

「あれ?MCのお姉さんが違う…」

 共演した事のある実紅が呟いた通り、いつもなら木場隊長のある婚約者である愛魚が担当している筈だった。代役の女性はまだ馴れていないのかもう一歩テンポが悪い。

 ステージが終わるのを待ち、控え室内で話し合っていると隊長達がやって来た。

「おや?珍しいね実紅ちゃん、そちらが女子寮の方々?」

「ハイ、こちらが寮長の…」

「はじめまして汀 薫です。実は…」

 簡素に自己紹介を済ませ本題を切り出した。

「そうかぁ、七瀬ちゃんねぇ…」

「心当たり有りませんか?」

 腕を組み、頭を傾げる木場の横に戦闘員の1人がやって来た。

「あ、お疲れさん。トイレ休憩の後、もう一度打ち合わせするから宜しく」

…!?

 無言で頷き、汀達の横を会釈して通り過ぎようとした戦闘員の前に実紅と胡桃が回り込む。

「アナタ、待つです!」

 二人は肩を組み、両手を広げて扉の前に立ち塞がった。

「どうしたの?二人共…」

 尋ねる汀と微かにこめかみに汗する木場…。実紅達は声を揃えて叫んだ。

「この人、ナナちゃんです!!」

 確かに背丈は七瀬位だが、戦闘員の衣装を纏い、素顔は見えない。しかし二人はキッパリと断言した。

「だって、この人に対する隊長さんの口調が部外者の様に他人行儀だし、ステージ上の動きも違うし、さっきから一言も喋らないのは変です。そして何よりも…」

「何よりも…?」

 扉の前に立つ二人は胸を張りこう言い切った。

「匂いがナナちゃんと一緒です!!」

「……?」

 目が点になる汀と木場隊長。自信たっぷりに断言する根拠がそんな動物的なものって…。

 いくら何でも強引でしょ?と呆れ果てて二の句が継げなかった。

「貴女達ねぇ…」

 頭を抱える汀と木場、そんなの警察犬じゃ有るまいし…とでも言いたげだ。

 

 ヤレヤレという感じで肩を落とし、大きくため息を戦闘員スーツのマスクを脱いだ。

「…嘘!?」

 マスクの下からは端正な七瀬の顔が現れた。

『ふぅ…何で分かっちゃうのかなぁ?』

 そう呟いて軽く髪を掻き上げる七瀬に対し、二人はさも当然とばかりに言い切った。

「勿論、愛しているからよ!」

 それまでまるで双子の様に息ピッタリの実紅と胡桃だったが、何一つ臆する事無く堂々とする胡桃に比べ、実紅は言っちゃったとばかりに真っ赤になった顔を隠して俯いてしまった。

「木場さん、これはどういう事ですか?」

「実はなぁ…」

 気恥ずかしそうな面持ちで木場が話し出した。婚約者の愛魚に新たな命が宿っていたらしい。現在3ヶ月めあたりとのことで、暫くの間他の娘にMCを担当して貰い、抜けた穴埋めに七瀬に手伝って貰っていたらしい。

「何だ〜、それならそうと言ってくれれば私達も協力したのに…」

『みんなも色々忙しいと思って…』

 確かにそれぞれにしなければならない事はあるが、LIVEでなければ学べない事もあるという汀の一言であっさりと決まってしまった。かくて木場隊長や愛魚さんの指導により未来のアイドル達は貴重な経験をし、愛魚は安心して産休を得る事となった。

 

 

「ふ〜、イテテ…結構激しいものなんだね」

 慣れない筋肉を使い、バスルームにて癒やしタイムを満喫する乙女達。アトラクショーは彼女達の想像以上に過酷だったようだ。

「でも、ピンク役までこなしちゃうナナちゃんは流石というか…」

「料理は美味しいし、歌も上手。そしてメイクすれば絶世の美少女…。何か女としてヘコむわ…」

 未来のアイドルを目指す下級生達は七瀬がライバルで無い事に少々ホッとしている様だ。

「フフフ…私のお嫁さんたる者、それ位出来ずにどうしますか」

 背の低いロリ体型の少女がザバッと立ち上がりその控え目な胸を誇らしげに張る。

「何で胡桃が威張る訳?って言うか、何でナナちゃんが[お嫁]な訳?」

「フフフ…それはですねぇ…」

 まだ幼かった二人、近所の公園で遊んでいた時、突然襲ってきた野良犬の鋭い牙が…。

 雄々しく語られる七瀬の勇姿。しかし実際は子犬がジャレついてきたのを追い払っただけなのだが…。

「私の為に傷物になったんだもの、そんな格好良いナナちゃんを責任とって嫁に貰わずして何としますか」

コンコンッ!

 熱き叫びに水を差すように扉が叩かれる。

 

「貴女達、何時まで遊んでるの?七瀬君が入れないでしょ!」

 声の主は汀寮長だった。

「私達は別に混浴でも良いですよぉ」

 疲れからか若干ハイテンション気味の下級生達の返事に汀が答える。

「そう…なら明日から貴女達のデザートは無し…で良いわね?」

「今出るところでーす!」

 こうして鶴の一声で少し遅めの入浴を得た七瀬だが、僅かな配慮を忘れない彼の事、汗だくのまま帰ったりはしない。近所の銭湯でちゃんと身綺麗にしてから夕食を作っていたのだった。

 

 

 

ザパー

『…フゥ…』

 浴槽に体を投げ出し漂う姿からこぼれるため息ひとつ…。色々と有り過ぎて忘れていたが、実紅と二人のイメージキャラでのアニメ[プリムナイツ]の放送開始から3ヶ月が過ぎ、予想以上に反響が有った訳だが、その好調過ぎる反響により新たな問題が発生しているのだった。

『…どうしよ』

 

【数日前】

 

 レッスンルーム横の控え室に七瀬と実紅、そして汀とその父親の汀Pがいる。

「映画ですかぁー!?」

「まぁ、そう言う事だ」

 それは夏休みに向けての新作映画用主題歌の依頼だった。

「初めは新人歌手に歌わせて勢いをつけさせるつもりだったらしいんだがなぁ…どう思う?」

 音楽プレイヤーから流れるデモを聴く限り、確かに歌唱力のある娘なのだが…。

「かなり上手だと思います…でも」

「だろ?浮かんでこないんだよ…彼女達のイメージが…」

 アニメといえど幾つもの大人の事情が絡んでくる。製作会社、玩具企業、そして所属事務所など…。製作や新しいキャラグッズは問題無く進んでいるらしいのだが、新人を売り出したい事務所との兼ね合いが上手くいかないらしい。

「で、スポンサー様は[プリム・ナイツ]の再登場をご希望らしく俺に話が廻ってきたって訳なんだ」

『ハァ…でも今からと言われても…』

 前回とは比べものにならない程の強行スケジュールになるのは必至、ましてや実紅達と違い、何のレッスンもしていない七瀬にもう一度歌えと言われても無理が有り過ぎる。もう一度ユニットを組めるとウキウキしている実紅と七瀬の温度差は明らかだった。

「で、コレ見てくれや…」

 汀Pが取り出したノーパソのモニターに映し出されたのは某有名掲示板だった。そこには今回の映画に関する様々な憶測や応援など、凄まじい量の書き込みが有った。

「何処から嗅ぎ付けたか知らないが、もう退くに退けない状態になってるんだよ」

 戦略…?映画を成功させる為にスタッフの誰かがワザと流したのか、或いはもう一度[伝説]を甦らせる為?それとも純粋にファンの憶測…。

 いずれにせよ七瀬達の意思とは関係無く世界は流れ始めていた。

「で、二人にコイツを持ってきたという訳だ」

 汀Pが取り出した2つのアタッシュケースを開けると真新しいコスチュームが入っていた。

「サイズは変わって無いだろうな?」

 ここまでの用意周到さ、リークしたのは恐らく汀P自身に違いないと七瀬は思った。

 ここまで来たなら覚悟を決めるしかないとそれぞれのケースを手に更衣室へと入っていく。

「ナナちゃん、こっち見ないでね…」

 カーテン1枚隔てた向こう側から実紅の声と衣擦れの音が聞こえる。白い薄手の布地の向こうで微かに実紅のシルエットが浮かんでいる。

 フワサ…パサ…と背中越しに聞こえてくる布の音が七瀬にイケナイ誘惑を誘いかける。

『お…お待たせした』

 バージョンアップした新しい衣装は前と同じくレギンスも有るものの、若干スカート部の丈が短く、七瀬は頬を染めて裾を押さえながら現れた。

「ほう…、流石プロポーションを維持している様だな。関心関心…」

 上から下までクルリと一回りしてチェックし、コクコクと首を縦に振る。

『ハァ…』

「しかし、ボーイッシュな娘が恥じらう様は何かイイな」

「パ〜パ〜!」

 汀Pのギリギリ発言に汀の拳が迫る。

 こうして再び開かれた(強制的に)アイドルへの道は前回よりもかなりクエストレベルの高い物であった。

 

【後日…】

 

 イメージを膨らませる為に手渡された映画版の台本に未編集版のアニメ試写会の会場で目を通す。やはりそこにはテコ入れの新たな敵幹部と頼もしい仲間の記述があった。ヤッパリ…というか、子供向け玩具企業との絡みもあるから仕方無い事だけど…。

「さぁ、始まるぞ」

 室内が暗転し、デモ映像が流れ始める。まだかなりの部分に未着色のラフ画像や説明文な所があるものの、イメージを掴むには充分だった。

 ストーリーは大体こんな感じだ。

 

《待ちに待った夏休み…家族連れで訪れた山奥の湖畔の傍らで独りの少女と出会う。すぐに仲良くなった3人は森の奥で傷付き倒れた妖精を見付ける。その妖精から告げられる別世界とこの世界の危機、そして新たなる敵が二人を襲う…》

 というあらすじなのだが、その友達になった少女と、敵の無表情な女戦士が妙に見覚えが有る気がする。口調やその仕草がなんとなく…。

 

 そして猛レッスンの後に訪れたプレミアム上映会当日、七瀬達は控え室で自分達の出番を待っていた。高鳴る鼓動、握りしめた拳に汗が滲む。

「フフ…この感じ久しぶりだねナナちゃん…いえ、ローズ」

 ゴーグルに隠された表情を伺うまでも無く実紅の緊張が伝わってくる。メイン声優やゲスト俳優、そして汀Pの挨拶が終わり、室内が暗転すると同時に夏休み向け新作映画の上映が始まった。

 

 さらわれた少女を救い出す為に訪れた妖精の国…そこは見るも無残な荒廃した世界が広がっていた。力無く魔神像に吊された少女…もう直ぐ手の届く所まで来ているというのに…。新たな敵にプリムナイツの技は通じず、その強大な力の前に為す術もなく大地に伏した。無表情な敵少女戦士のトドメの一閃が振り下ろされようとした瞬間、吊られた少女がその慟哭と呼応するように発動した妖精の光に包まれ、1人の戦士が覚醒する。

 3人目の戦士(プリムミント)によって与えられた新しい力は敵少女戦士を打ち破り、聖なる光を以て浄化する。

 そしていよいよクライマックス。魔神像と融合した敵幹部との最終決戦、新たな力を得た3人のプリムナイツの力をもってしても容易では無かった。傷付き限界近い2人と明らかに経験不足の新戦士は連携が上手くいかず、徐々に追い詰められていく。もう誰しも不吉な予感が過ぎり、その心が折れそうになる。満身創痍のミント、リリー、そしてローズ…。しかし3人の諦めない、負けられないという心が最後の奇跡の花を咲かせる。

 微かに動く指…何かを呟く唇…。この戦場から少し離れた場所に出来た大きな窪み、その中心に横たわる少女の胸にペンダントが現れ、巨大な光の柱が天を指した。

 光柱の中から現れた4人目の少女は[プリムラベンダー]と名乗り、3人のプリムナイツの戒めを解き放った。

 かくて真なる力に目覚めたプリムナイツ達により魔神は封印され、妖精の国は再び平和を取り戻す事になる。

「さぁ、私達の番だよ…」

 エンドロールが映し出されメインテーマが流れる。何割かの帰り支度を始めたその瞬間、会場の全ての視線がステージに集まった。

『みんなー、今日はあざッス!!』

 突如としてスポットライトに浮かび上がった2人に、会場は歓喜の声が響き渡った。

「プリムナイツだーッ!」

 伝説のユニットによる生ライブというサプライズに大興奮の会場。2番を歌い終えいよいよサビに入ろうとした瞬間、轟音と共に噴き出したスモークの向こうからスクリーンを蹴破り敵幹部が現れた!

「ククク…残念だったなぁ、会場の人間共、そしてプリムナイツよ!」

 勿論これは汀Pの演出によるアトラクションだった。取り囲む戦闘員達を蹴散らし、最後に敵幹部に向けて必殺技を放ち、勝ち名乗りを挙げる……筈だった。

『な…何で?』

「ン〜?どうしたぁ…貴様達の技など通用しないのは先刻証明済みだろうが。愚か者め!」

「キャーッ!」

 ガッと敵幹部に投げ飛ばされた2人を戦闘員が捕まえる。

(ちょっ…段取りが違いますよ…)

 小声で訴えるも羽交い締めにした戦闘員は何も語らない。

「ククク…いい様だなプリムナイツよ、最早貴様達はこの私に手も足も出せんのだ」

「オオーッ!?」

 観客がわくのも無理は無い。明らかにアドリブで2人のスカートを捲ったのだから…。

(このノリは間違い無く木場隊長のチーム、という事は幹部が木場さんだな…)

ゴンッ!!

 マイクを通し響く鈍い音…。舞台中央では悪役幹部が股間を抑えて飛び跳ねていた。

『奥さんに言いつけてやる…』

 小声で言ったつもりがしっかりマイクが拾っていて、怯む悪役に会場は爆笑の渦に包まれた。

「ぉ…おのれ!俺様としたことが足は出る事に気付かなかったとは…もう許さんッ!」

 効果音と共に手にした巨大な斧が2人の頭上に振りかざされた瞬間、舞台奥からテーマソングと共に2人の戦士が現れた。

「待ちな!、このセクハラ中間管理職!」

「私のナナちゃ…いえ、仲間に手を出した報い、キッチリ受けて貰うですぅ!」

 その2人は先程の劇中に現れた新キャラ、プリムラベンダーとプリムミントの衣装を纏っていた。

(…この声はまさか…)

 実紅も気付いたのだろう、微かに引きつった笑いを浮かべている。

 見事な…とは言えないがローズ達を捕らえていた戦闘員達を打ち倒し、敵幹部を取り囲む様に陣形をとる。

「決めるよ、みんな!」

 ラベンダーの掛け声をきっかけにさっき劇中で見た必殺技のポーズを構える。

『ホーリー・リーフ・カルテット!!』

ドオオーン!!

「おのれ、覚えていろプリムナイツ共ぉ!…あと奥さんには内密に…」

 派手なスモークとライティングの演出の中、情けない捨て台詞を残して敵幹部はスクリーンの穴へと消えていった。

 そして改めて4人で歌い始めたテーマソングは2人の時より遥かに素晴らしいハーモニーを奏で、試写会は爆笑と大盛況の内に終了した。

「いやぁ〜お疲れさん、お疲れさん」

 出演者控室に汀プロデューサーが何くわない顔で現れた。

『お疲れさん…じゃ無いですよ、汀プロデューサー!』

「あ、お早うございます。って、そうですよ。酷いじゃないですか」

 七瀬と実紅が詰め寄る。

「ハハハッ、君達がファンに対するサプライズな様に、俺から二人へのサプライズ…って事で赦してくれ」

 相変わらず侮れない男、汀プロデューサー。

 控室は笑いに包まれるがスゥ…と現れた謎の影に青ざめる七瀬と実紅の2人…。

「モ〜ク〜ぅ…」

「…ゲッ、お…お前は…」

 振り返ると恐ろしいまでの怒りオーラを纏い、木場隊長の後ろに立つ鬼神…いや、奥さんの愛魚さん。

「私のは良いとして、余所様の娘さんのスカート捲くるったぁどういうつもり!?」

「あ…あのホラ、いつものノリっていうか、盛り上がるかな?って、つい…」


 木場隊長のこめかみに思いっ切り拳でグリグリッとお仕置きをくわえる。かなり痛そう…。

「痛ででで…悪ぃ、愛魚。いえ愛魚様、マジ勘弁…」

「ぬぁにが盛り上がるかな?ですか!彼女達は貴方みたいなバラエティキャラじゃ無いのよ!れっきとしたアイドルなんだからちょっとは考えなさいよ。毎回毎回、各方面に頭下げて廻る私の身にもなりなさいっての!」

 幼馴染みで今は夫婦となったこの二人、愛魚さんのお腹にはメデタク結晶が宿っていて、大事をとりってステージを休んでいる。ていうか、パワーアップした?

「お腹、大丈夫なんですか?」

 少〜しだけ目立ってきた愛魚のお腹を実紅がそっと触る。

「エッ?赤ちゃんが居るの?私も、私も触りたいですぅ」

 流石に女の子、新たなプリム・ナイツとなった実紅達の後輩で自称七瀬の許嫁の胡桃がバイザーを外して跳んできた。

「危ないよ、胡桃。気を付けな」

 もう一人の後輩で新たなプリム・ナイツであるちょっとヤンキーな來未が胡桃の体を抱き止める。

『やっぱり來未達だったのか…』

「スイマセン、七瀬さん。プロデューサーに黙ってろと言われたもので…」

 言葉は荒いものの、礼儀や義理を重んじる彼女らしく深々と頭を下げた。

「でも七瀬さん、一応パ…いえ、プロデューサーだから、業界としてはあまり…」

 娘であり、寮長の薫さんの言う事はもっともだが…。

「僕、フリーなんで…」

 そういえば元々一回限りのユニットだったんでしたねぇ…。何処の事務所にも所属してませんね、ハイ。

 伝説のユニット[プリム・ナイツ]の正体が七瀬と実紅だと知っているのは仕掛人である汀プロデューサーとごく一部のスタッフとアトラクションチーム[TRY]のメンバー。そして女子寮[フェアリー・テイル]の寮生達。尤も更なる秘密は寮生しか知らない訳だが…。

「おお、そういや七瀬。お前の取り分、そろそろ支払いの時期だがどうする?前に聞いた振込先でいいのか?」

 プリム・ナイツは秘密保持の為、正式に何処とも契約はしていないユニットなのでネット上からダウンロードが基本でDVDやCDは汀プロが販売権を持っているという特殊な状態。素顔も期間限定PVを観た人間しか知らない。

 不正UPが出来ない様に何重ものコピーガードもされている。しかもテレビ出演はアニメ放映開始特番の一度きり。多数の問合せにも汀プロデューサーはノーコメント。関係者も口を閉ざしていて、それゆえ伝説のユニットとなったと同時に汀プロデューサーの影響力の大きさを知るものであった。

『ハイ、それで構いませんが、今回の映画版主題歌は確か僕と実紅ちゃんしか唄ってませんよね?このパンフにはアーティストはプリム・ナイツ・フォースとなっていますが…』

 名前が変わっていた事に気付いた七瀬が問い掛ける。

「ほぉ、流石だな。新しい力[force]と4人の[forth]を掛けたんだ。どうだ、良いだろう?」

 ドヤ顔の汀プロデューサー。4人という事は…?視線を心当たりに向けると、胡桃は胸を張ってVサインをし、來未は顔を赤くして逸らした。

『…ナルホド』

「そりゃ大変だったぞ…。七瀬達とは別に録ったアイツ等の[音]を重ねるのは…」

 肩を落とし、大きな溜め息をついた汀プロデューサーが苦労話を語りだす。

 來未は思い切りコブシを回すわ、胡桃は壊滅的だわと…まぁ何の下地も無いから仕方が無いのだが。

「デジタル様様だよ、いやホント…」

 この超敏腕プロデューサーを以ってしてこのセリフ…、新入生恐るべし。

 例え一度でもユニットを組めた事を素直に喜ぶ胡桃と、僅かながらも足掛かりを得た來未。この事が少なからず彼女達の未来に影響を与えたのは間違いなかった。

「…で、どうする?改めて聞くが、俺の所に来るか?」

『・・・』

 七瀬はその問いに答えられなかった。

「…やれやれ、またフラれたか。仕方ねぇ、簡単にオチられてもつまらねぇしな」

 七瀬の肩をポンと叩くと立ち上がり、娘である薫を連れて部屋を出ていった。

 七瀬達とは別の控室。仕事以外ではあまり見せない真剣な顔の汀プロデューサーと薫の二人。

「で…薫、お前から見てアイツ等、どう思う?」

 据置のコーヒーメーカーから良い香りが立ち、素っ気ないプラカップを並べる薫が答える。

「そうね…葉常さんは良い素質を持っていると思う。歌もダンスも上手いし…。でも…」

 汀プロデューサーの眉が微かに動く。

「例えるならあの娘は[月]…夜道を照らす程明るくても自身では輝けない。パートナーが居て初めて能力を発揮出来るタイプね」

「ほう、じゃあ七瀬はどうだ?」

「七瀬君?そうね…」

 コーヒーを一口含み、溜め息をついて話し出す。

 七瀬は例えるなら[太陽]。全ての物を暖かく包み込み、照らし出す。そして悪い部分は影で見えなくしてしまう。いわば葉常と最も適したパートナーだと。

 七瀬ならば実紅だけで無く、胡桃や來未さえもスターに押し上げるだろうと。しかし、それは両刃の剣…。強く輝けば輝く程に周りの星々は霞んで見え無くなる、そんな危うさを併せ持つ存在だと…。

「フッ…伊達に俺の娘はやって無いか…」

「幸いにして七瀬君は業界には消極的だから上手くいってるけど…」

 薫は遠回しにこれ以上七瀬に関わって欲しく無いと言いたげだった。

「フム…つまり七瀬自身の問題を含めて…という事か」

 汀プロデューサーは何度か頭を掻いて何かを決めたようだ。

「とにかく今は映画の方に専念するか…」

 

 

 いよいよ映画公開初日。舞台挨拶には主役声優や監督、そしてゲスト俳優達が舞台に上がる。しかしそこにプリム・ナイツ・フォースの姿は無かった。

 

「良かったんスかね?アタシ達は舞台挨拶に出ないで…」

 学園内レッスンルームの傍にある小部屋。そこに來未と胡桃、そして実紅が居た。

「ウ〜ン、私的には嫁のナナちゃんにこれ以上キモいファンが増え無くて良かったですがぁ…」

 まるでハムスターの様に口一杯にスナック菓子を詰め込んだ胡桃が実紅の方を見る。

「あくまでプリム・ナイツFは神出鬼没・正体不明なユニットだからね。それに私は私としてアイドルになりたい。今はナナちゃんのお陰でプリムリリーとして…だから」

「そうっスね、まだアタシ等は他人様にお見せ出来る物でも無いっスし…」

「アハハハハ…」

 がっくり肩を落とす來未と笑って誤魔化す胡桃。

 來未は選択したアクションコースで頑張っていて、土日祝日は木場隊長の所でバイトしながら勉強している。胡桃はナナちゃんを落とす勉強と称し、女優コースを選んでいた。

 そして実紅は自分自身で輝ける様に一層レッスンに励んでいる。

 大人気作品となったプリム・ナイツはシリーズ化が決まり、新作の企画制作が始まったばかりだった。

「さぁ、授業も終わった事だし、みんなで私達のアイドルのもとに帰りましょうか?」

「そうっスね、葉常先輩」

「私達の…じゃなくて[私]のお嫁さんなのですよぉ」

 

 それぞれの想いを胸に想い人の待つ寮へと帰る準備を始めた。

「あ…汀寮長、今お帰りですか?」

「そうよ、一緒に帰る?」

「ハイ!」×3

 寮は学園から少し離れているが4人は談笑しながら帰路についていた・・・が、誰からと無く少しずつ歩みの速度が上がっていく。

タ…タタ…タタタ…

ズダダダダ…

 最早運動会の徒競走の様相を呈し始めている。寮の門前に着く頃には全力疾走となり、全員息があがっていた。

「ナナちゃん、只今ーッ!!」×4

 玄関に倒れ込む様に帰ってきた4人を迎えた暖かな笑顔。

『お帰りなさい。お疲れ様です、今、ミルクティー淹れますね』

 キッチンからは仕込み中の夕食の良い匂いがほのかに漂ってくる。

グゥ〜

 思わず吊られてお腹が鳴ったのをキッカケに笑いが込み上げ、さっきまで競い合っていたのも忘れてしまっていた。

 

 

 夕刻、食堂は人数も増えた事もあり、さながらちょっとした戦争状態。どれだけ食べようとカロリー控え目に作られている七瀬の料理はあっという間に消えてゆき、空っぽになった皿だけが残る様は清々しい程だった。

 その間にお風呂の用意をするといういつもの流れ。皆が順番に一日の汗を洗い流すその間に山と積まれた食器類を片付ける。

 ある者は宿題を、ある者は友人とゲーム、選択したコースの練習など、中には積極的に七瀬の手伝いをする者もいてそれぞれ思い思いに過ごしている。

 

―管理人室

 実紅と胡桃の二人は互いに牽制しあいながら七瀬の横を狙っていて、またにやって来る來未は殺陣の練習に付き合って欲しいという。適度に管理人室が騒がしくなった頃、薫が寮長として制しに来るがカオスさが増すだけだった。

 そんな変わらぬ毎日に静かな波紋が一ツ。

 誰も気付いていないが机の上に一通の封筒。その下の書類にはこう記されていた。 

【オーディション開催のお知らせ】

―来春放送予定プリム・ナイツ2《マジカル騎士プリム・キャリバー(仮)》声優募集について―

 




〔待ってるぜ!汀Pより〕

 

―FIN―

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