#1 これが現実と実感して早一年…
大学生になったばかりの頃に同じ講義を選択していた奴が俺の通学のことを「ちょっとした旅行」と形容してきたけど、なるほど的を得た表現だなと1年経った今でもそう思っている。
…あ、違うわ。「的を得る」って誤用で正しくは「的を射る」だった。確か何かのテレビ番組でそう言ってたけな。今度から気をつけよう。
今朝も5時というまだ家のポストに新聞も届かない時間に目覚め6時前の電車に乗ってきた。
ちなみに今腕時計は8時10分を示しているが、俺は未だにガタゴトと揺られる車内にいる。時計は電波時計だから正確な時刻を示している、多分。
まあ要約すると俺の通学は2時間そこらでは終わらないってコトでして。
乗り換えなし・各駅停車の片道2時間半(正確には2時間41分だけど)の通学生活、毎日が小旅行気分。
でも通学の前日はドキドキワクワクもしなければ眠れないなんてこともない、当たり前だが。むしろ睡眠時間を確保したくてたまらない。
もちろんおやつの上限金額もないしバナナがおやつに含まれるか否かなんて気にする必要もありません。
と冗談はさておき、華のキャンパスライフを望む人ならば1日の内5時間以上をガタゴト揺らぐ電車内で過ごすよりも学生寮やアパートを借りて一人暮らしすることを望むだろう。
俺は鉄道マニアじゃないので無論どこか部屋を借りて4年間を謳歌したいと思っていたのだけれど、まあ色々あって今日に至るまでの1年間妥協することなく自宅から通うのでした。
そのおかげで日々の生活は色々と抑制されているのだが、まあそれは別の機会に話すとして、ともかく俺は眠い目をこすって目的地に着くのを待っていた。
今この車内はそんなに混んでいない。俺が目を覚ます数分前に止まった駅は他路線への乗り換えがあり大半の乗客がそこで降りる。当然、入れ代わりで乗ってくる人もいるけれどそれでもビフォーよりアフターの方が広々。
ちなみに代わりに乗ってくるのは俺と同じ大学の学生や関係者が大半のため、結構にぎやかになっている。
話す内容は課題のレポートをやったかとか、サークルの予定の確認とか、週末の遊ぶ約束とかそんな他愛もないことだけど、電車の中では寝ることに興じている俺からすると後から来た人にこの場を占領されてポツンと佇んでいるような感覚になってしまう。ちょっと切ない。
俺は周りから寂しい人と思われないように・・・というわけじゃないけど、疎外感から何となく携帯を取り出してテキトーに操作し始めた。せいぜい今日の天気とかニュースとかを見ている程度にしか過ぎないけれど。
俺以外にも一人で通学している学生ももちろんいるけれど、そいつらは男女問わず見た目も仕草も都会的に見えてしまう。何て言うか、こう、パァ~っと華やかさが前面に出ている感じだ。
田舎モノとしてはどうしても劣等感を感じずにはいられない。いわゆるコンプレックスってやつです。
まあ仕方がないかと携帯の画面にあまり興味を示さずになんとなくピ・ポ・パと操作していると、ふと目の前にいる一人の女の子に目がいった。
ん? そういえばあの子、俺が電車に乗ったときからいるよなぁ。
別にその子に対して何か特別な印象を抱いたわけじゃないけど、各駅停車でガタゴトガタゴト…と揺られて気持ちよくなりまどろむ前も、約2時間後に目が覚めた後も相向かいの座席に同じ人が座っているというのは気にはなるものだ。何せ俺より長い時間電車の住人なワケだし。
というのは田舎モノ特有の感覚だったりして。
多分、都会の人間にはその感覚を理解する以前に満員御礼おしくらまんじゅう状態の電車じゃあ相向かいに座っている人間を目視することすら出来ないだろうなぁ。
そういえば都心に住む女の人のほとんどが電車で痴漢にあった経験があるって聞いたことがあるけど、それってきっとさっきまでみたいな満員電車の中でだよなぁ。
それを空いているスペースだらけのローカル線で実行する度胸のある人(変態的な意味で)って存在するのかな?まあどうでもいいか。
と寝起きの頭でくだらないことを考えていたら車窓越しに見えてくる景色が目的の駅の一駅手前を教えてくれたのでそれ以上は特に気に留めなくていいかと思い立ち上がり、首を左右に動かし2~3回ポキポキ鳴らした。
俺以外の学生連中も降りる準備っていう程のことじゃあないけど読んでいた本をしまったり携帯ゲームの電源を切ったりし始めた。
ん?
さっき俺がふと気になった相向かいのその子も目的地が同じらしく、視線を向けていた文庫本を閉じてそれを膝の上の置いていたピンク色のショルダータイプのカバンにしまって立ち上がった。どうやら目的地は同じらしい。
『次は~浦園大学~浦園大学~』
車内にいかにも車掌という感じの独特な低音ボイスが響き電車は次第に減速していく。窓越しの陽の光が目にまぶしかった。
★ ★ ★
「それじゃあ俺、この後サークルあっから」
「ああ。お前って確かテニスサークルだっけ?」
「おう。今年の新入部員の子は当たりばっかで楽しいぜぇ♪」
「へぇ。じゃあ合コン期待しておくから」
「任しときな♪それじゃっ」
「おう、また今度」
今日の講義が全部終了し同じ学部の酒井と途中まで一緒に歩きながらそんな何気ない会話をして別れた。
こんなこと言うとドン引きされるかもしれないが、俺は一日の中でこういうわずか数分間の会話が一番の楽しみだったりする。
この大学に入って1年。入学したての頃はバラ色・・・とはいかなくとも友達と遊んだり、それなりに恋をしたりといったフツーの大学生らしい大学生活を期待していたけれど、今となってはなんてハードルの高いことをさも当たり前のように期待していたのだろうと恥ずかしくなってくる。
さっき酒井に合コンを期待するようなことを口にはしてみたけれど、ぶっちゃけ社交辞令的な意味で言っただけで、酒井もお調子者だから間に受けてはいないだろう。
もし仮に「今度の週末空けとけよ~」とか軽く言われてしまったら多分、というか間違いなくたじたじになるだろう。服装、話題、接し方etc.何もかもがわからない。全てが未知数だ。
俺が自分の性格を理解したのは高校生になって間もなくのこと。
それまでは小学校・中学校と知った顔ばかりのこともあり小さい頃から自然に築いていた交友関係のおかげで控えめながらもそれなりに周りと接していたのに対して、ほとんどが初顔合わせになる高校で俺はまともに人に話し掛けることが出来ず結果として三年間で携帯の番号を交換し合った人の数もギリギリ二桁達成を果たした程度で終わった。
高校デビュー失敗。
それがその後の三年間に大きく影響したのは言うまでもなく、文化祭や体育祭オマケに修学旅行といった学校行事をまともに楽しむことが出来なかった。
よくネットで見る「それじゃあ2人組になって~」という言葉に恐々としていた時期もあったっけ。幸い人畜無害な性格のおかげか、誰かと目が合えば「組む?」と言ってもらえるぐらいの水準は保てたけれど。
そんな高校生活を反面教師として大学では同じ失敗を繰り返すまいと心に誓ったのであったが、この1年間の成果はご覧の有様だと自虐に走りたくもなるくらいにヒドい。
かろうじて酒井みたいな同じ学部の男子数名とは必修科目で定期的に課せられるグループ課題のおかげでコネクションを保っているが、課題止まりの間柄で、休みの日に一緒になってどこかへ出かけたりする程仲良くはなかった。
・・・なんてこの一年を振り返ってみるのも無性に悲しくなるだけだなぁ。
「帰ろうっと」
俺はさながらルーチンのように駅へと向かうことにした。
浦園大学駅前は学生街ということもあり、帰り時の学生が寄りそうなファーストフード店や本屋、居酒屋が並んでいて、結構賑わっている。
数千人が同じキャンパスに通っているのだから学生目当てのお店が非常に多く、この周辺が大学生で成り立っていると言っても過言ではないように思える。その分テナント料も馬鹿にならないほど高っていう話だけど。
ちなみに俺は書店以外あまり縁がなく、ファーストフード店には1度だけ、どこかのサークルの新歓コンパに誘われたときにコンパまでの時間潰しに同じ学部の何とか君と一緒に行ったのみだ。
それをあたかも複数回行ってるように振舞っているのは秘密です。
でも、そんなことをやっているのは俺だけではないハズだ。
浦園に通う人がこれだけいるのだから、おそらく…いやきっと俺のように人見知りで大学デビューに躓いたやつはいるだろう。
でも、そういう人たちはどうやって4年間を過ごすつもりなのだろう。
「俺、次の講義休むから代弁しといて」的なやり取りとは無縁に勤勉な学生生活を過ごすのだろうか。というか本来ならそれがあるべき姿なんだけどね。
多分、俺は酒井や他のやつに代弁を頼まれることはあっても頼むことはない。しかも、頼まれることに些細な幸せを感じるだろう。
…て、今日はとことんネガティブになるな。止め止め、帰ろ。
財布から定期健を取り出し改札をくぐりホームへ上がると、俺と同じように帰路につく学生でごったがえしていた。
浦園大学駅ホームは高架に作られた島式ホームが一面だけあり、そこに上り電車とと下り電車が来るので、帰宅ピーク時にはホームの人口密度が急上昇する。
幸い上下線ともに10分に1本のペースで止まるのでホームが混む時間は最大でも10分以下なので気にはならないが。
余談だけど、俺がこの大学に通って最初に驚いたのは10分に1本のペースで電車が来ることだった。俺の地元は通勤・通学ラッシュでも30分に1本来ればいい方だったのに。でも都会のスタンダードはもっと高いところにあるっていうのだから辟易してしまう。
さほど待ち時間があるわけでもないので、俺は何をするでもなくただで電車が来るのを待っておくことにした。
そんな俺の横に朝見かけた、往復5時間の通学生活のお仲間がいたことに俺は電車に乗り込む寸前まで気付かず、乗り込んでからは密度の濃い車内の熱気で疲れが襲ってきたせいか、席が空いたと同時に座り込み朝を同様に眠り込んでしまったためそれ以上その子に関心を向けることはなかった。