青色 時間 最速の物語
自慢じゃないが俺は友達がいない。
周り――といっても家族と親戚以外に俺に話しかけるやつはいない――には目つきと口が悪いからだ、と言われていた。
最近はそんな家族ともめっきり口をきかない有様だ。
目つきが悪いのは分かるが口が悪いとは心外だ。それに、目つきの悪さなんぞ俺にゃどうしようもないじゃねーか、クソったれ。
話を戻す。そんなわけで俺はいわゆるぼっちってやつだ。学校にいっても目を合わせる奴はいねえ。
視線が合った瞬間にヤバイもん見たように目を伏せられる、そこかしこでタバコ吸ってたむろってる連中にはガンを飛ばされる、教師には宿題を忘れず提出しようとなんだろうと騒動があるたび真っ先に疑われる。
畜生、俺が何をした。宗教のパンフを配ってたやつが神の愛を受けるには云々とか抜かしてたからそん時にそんなのがいたら俺はもっとマシになってる、とパンフレットを突き返したら、おお、偉大なる主の寛き御心を知らぬサタンよ、いずれ天罰がなどと抜かされた事もある。
ふざけんな、俺が何かしたっつうのかよ。屋上があればそこに逃げ込むんだが生憎そんな漫画みてえに都合よく解放されたりしてねえ。
飯ン時は教室の中、はどうも居心地が悪い、屋上も駄目、便所飯は論外だ。ってんで悲しい哉、自習室でぼっち飯。
放課後だってなるべく家に帰るのを遅くしたい。
つうわけで当初は図書室だったが、そこにいる気弱そうなやつらが泣きそうになるのを見ると流石に申し訳なく感じてやめた。
お次は自習室、と思ったんだが放課後は真面目なやつらがここにもいる。駄目だった。
ここしばらくはどこともなくぶらぶらしていたんだが、つい先日、遂に公園をみつけた。
誰もいないさびれた公園、まさにお誂え向きだ。
さてさて今日もここに向かうぞ、と終業のチャイムとともに荷物をまとめた俺は公園に向かう。
涼秋十月。今や木枯らしにさらされた木々は裸となっていかにも肌寒そうにしている。
のこった葉も力ない茶色で、ああ、ぼっちが見るのにある意味相応しい光景だ。
周りから取り残されたようにくすんだその公園は、遊具も木々も俺の座るベンチも、どこか遠い場所のようだ。
「寒い」
思わず漏らす。厚着とはいえ、顔やら手やらにはりついてくる空気が肌寒い。
鞄から、文庫本を取り出す。どこまで読んでたんだか、栞をはさんでおくんだった、くそ。
風が吹く、ページがめくれる。畜生、とことんついてねえな。思わず顔をあげて呻くと、女が視界に入った。
こんなやつ、ここにいたか?
黒く長い髪をしていて、細いその体を青いコートで包んでいる。派手なやつだな。
この今にも消えてなくなりそうな公園には不釣り合いなほどまぶしい。ちなみに俺のコートの色はカーキだ。
女が振り向く。この後どうなるか? 女は逃げる。経験から言うとコイツがほぼ正しい。
ところがコイツは違った。俺を見て、笑いかけてきた。
不思議な気持ちだ。何を笑ってやがる、とかそういう感覚はしなかった。
落ち着かない。どうにも落ち着かない。それは電撃的で暴風的で優しくて暖かくて、俺はとても緊張した。
黒い瞳が真っ直ぐに俺を見ている。吸い込まれそうだ。長い睫毛が、細く華奢で白い指が、黒い髪と瞳が、俺をとらえて離さない。
動悸が止まらない。本当に、本当にこんな感覚は初めてだ。
少しずつ、こちらに歩み寄ってくる。夕暮れだというのに、彼女の周りは青空であるかのようで。
この色を失いかけた世界が鮮やかに彩られる。
「君は、私と同じだね」
ありえない。この人懐っこい笑みも、柔らかな仕草も、友達とかそういうの作るのに必要十分じゃねえか。
「ありえない、って思ってる顔だね」
また、笑顔でそう言われた。顔が熱くなる。
「あたりめえだろ、誰だってそう思うぜ」
「でも、同じなんだよ」
やけに確信めいた言い方をする。
その顔はやけに真剣で、思わず、信じそうになる。
そんなことありえないのに。彼女が背にしている夕日が、だんだんと彼女の表情を隠してゆく。
「そうだよ、君は私と同じ――」
強く風が吹き、彼女が髪を押さえながら唇を動した時、俺は全てを理解した。
そう。俺と彼女は同じだ。
「君は私と同じ、異形ハンターなんだよ!」
彼女が力強く言った瞬間、空間が歪み、そして割れた。
そこから這い出てきたのは異形の者ども。幾重にもイカスミパスタを重ねたような体から腐臭と汚臭を放つドロドロとした液を垂れ流しながら、触手を動かしてずるっずるっと近づいてくる。
目ン玉がいくつもついているやつだとか、口から触手をはいてるやつだとか、そんなんばっかだ。
気色悪いな、まったく。どう考えても触りたくはねえ、あいつはどうしている?
見ると、その細い腕に似つかわしくないゴツゴツした黒い銃が握られていた。
彼女がトリガーを引くたび、銃口から緑の光が迸ったかと思うと腐ったタコみてえなやつらは消し飛んでいく。
あんなもんどこにあったんだ。俺の顔に気づいたらしく、あいつが呼びかける。
「君も! 最強の自分をイメージして! 一番強いと思う自分、一番強いと思う武器、一番強いと思う能力を!」
そんなことを言われても――いや、ある。一つ、俺が最強だと思う能力が。
イメージしろ、そんな自分を! 思った通りやれるはず。そう、奴らを狩る事ができる力。
俺は、消えた。
「鈍重鈍重ゥ! 止まって見えるぞ糞虫どもがァ!」
地上の誰よりも、音よりも、光よりも速く俺は自在に駆け回る。
俺の手にはナイフ。それだけあれば十分だ。
神速――移動しながら手に握ったナイフを間合いを測って投げつける。
気色悪い目ン玉に、口の中に、そして触手にナイフは突き刺さり、切り裂き、穿つ。
異形共はそこかしこに気色悪い液体を吐き出す、ひどい異臭だ。
しかし、
「無駄無駄無駄ァ! なんだぁ、そのやる気のないゲロはぁ? 俺のあくびよりもノロマだぞぉ!」
俺は速い。純粋に、単純に、圧倒的に。
無限に沸くナイフを片っ端からこちらも沸き続ける異形共に投げ続ける。
地面はすべて墨をぶちまけられたかのように黒くなっていた。
「神速疾走ッ! 俺は人間を超えたぞぉぉぉぉぉ!」
「すごい、すごいよ君! 初めてなのに、すごく素質あるよ!」
ふと声のしたほうを向くと、あの女が俺に笑顔でそう言っていた。
どうやら俺は相当スジが良いらしい。と、空気が変わる。
先ほどまでより更に重い空気。鉛かなんかが仕込まれたように重い。
これは、とてもよくない。こんな重苦しさが吉兆なわけあるか。
「そろそろボスのおでましだよ」
女が一片の隙すらない構えで俺に忠告する。
「そうか、ところでお前、名前はなんていうんだ」
「更科みくり。君は?」
「羽生吉武」
互いに、よろしく、と軽い挨拶をした。
また、空間がひび割れる。中から這い出てきたのは、おぞましく、背徳的で、非道徳的な言葉にするのもはばかれる外見のバケモノだ。
今までの前座なんかくらべものにならねえ。
血が滾るぜ、どっからでもかかってきやがれ!
初陣は勝ちって相場が決まってるんだよ!
「いくよ、私たちの戦いは」
「ここからが本番だ!」
――
END ご愛読ありがとうございました!
――
僕は漫画雑誌を思わず見直した。
え、終わり? いやいやおかしいでしょう。
読み切りって書かれてないよね? 初回打ち切りとか新しすぎるんですけど!
今日初の掲載なのにご愛読ありがとうございました、じゃないよ! ねえ!?
これなんのために掲載したの!? ていうか作者頭おかしいとか編集部よくOKだしたな、とか疑問いろいろあるけどっ!
そもそもこれ漫画だよね!? なんでこんなビッチリ文字書き込まれてるの!?
全ッ然意味が分からないッ! なんか真面目に読み切っちゃった僕がバカみたいじゃない。
すっごおく時間を無駄にした。きっとこの作者には今後二度と漫画を定期刊行の雑誌に掲載する機会はないんだろうな、とそれだけ思って僕はため息をついた。