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Hey!MySister



「ねぇ、義仁。義仁は私の事嫌い?」

「いや、俺は。」












「私はね、−−−嫌い。」







絹が擦れる感触が体に触れ、フッと目を醒ます。妙な夢の内容のせいで直ぐにむくりと起きる気になれず天井を見呆けているといつもはしない人の気配が一階から感じる。泥棒の類かと冷や汗をかきかけるが何の事はない。クリスマスが終われば毎年いつもの来客が来る。多分そいつなのだろう。そいつはインターホンの不使用は勿論、冷蔵庫も勝手に開ける。しかし、無礼というには些か人間関係の距離が近過ぎる。なんにせよ、一先ず慌てふためいて階段を降りるなんて事はしなくとも良い。


「・・・ふぅーーっ。っと。」


気合いを入れるのと一日の始まりを自覚する為の深呼吸で体中の空気が入れ代わったのを確認しながら重たい体を起こす。念のため来客を確認する為に布団から這い出ると冷えた床が感覚を覚醒させ、朧げだった目も冴えた。

ボサボサ頭を掻きながら自室から出る。その際にドアノブを握ったが、手にはびっしょりと汗をかいていて金属で出来たノブは朝の冷気のせいか一層冷たいように思えた。

階段と各部屋へのドア、それから通路しかない二階部分へ出ると何やら何かを焼く香ばしい匂いとジュウジュウと耳につく音が聞こえた。一人暮らしだったならば何事かと大騒ぎする所なのだが。口酸っぱく言うようだがその心配はない。何故かと聞かれればこの家の恒例行事、または強制イベントというやつだったからだ。

「あ、起きたんだ。意外と早いね。」

一階に下りてみれば、台所に立っている人物が一人。それは別居していた俺の妹の可奈だった。離婚手前の熟年夫婦的な、そういう意味合いの関係ではなく、もっとこう複雑な関係であるのだが。というのも可奈は父親が引き取って来た養子なので血縁関係はゼロ。何処から引き取って来た等の話はした事は無いし本人も何も言わないが多分孤児院だろう。

父親亡き今は母親の姉。つまり、伯母に引き取られ戸籍もそっちに変えた。戸籍上は従兄妹、関係は兄妹。とまあ、可奈と俺にはそういう事情があるのだが難しい事(戸籍や法律的な意味合い)と細かい事(引き取られたのは可奈の方だけで俺は引き取られなかった事)はあんまり俺達の付き合い方には関係なかったし気にしないようにしていた。

 フライ返しを片手に可奈が皿を差し出す。どうやら朝食を作ってくれたらしかった。さも、当然かのようにそれを受け取りテーブルに置く。ありがとうと、礼は言うがひどく儀礼的で、あまり深く気持ちを込めている訳ではない。

話は代わるがこの家は元々可奈が居てもいい、当然の空間であり、毎年この時期になると帰ってくるだけ。元々、それこそ数年前までは俺達は一緒に住んでいて(そのかわり苗字も同じだったが)大体相手の言わんとする所、考えている事は大体解る。どの料理にマヨネーズをかけてどの料理にソースをかけるか、味付けはどの位が好みか、好きな色、好きなファッション。その程度はおてのもの。

だから、俺がどんなに、家に来る時は前以て連絡しろと注意した所で可奈が突然来訪する事はやめないだろうし、可奈が俺に、寒くてもギリギリまで暖房費を節約しようとするのをやめろと、言っても俺は多分やめない。

それをお互いわかってるから大方余程でない限り、注意するのを諦めて何も言わないのだ。

そして、唐突に来る強制イベントを俺は甘んじて享受している訳だ。


「毎日、こんなもんだよ。つか、いつ来たんだ?昨日はいなかったろ?」


電波時計を見てから妹の問いに答え、朝の冷気に冷やされた椅子に腰掛けベーコンをフォークで串刺しにしながらもはや定例となる事柄を聞いた。

「今朝来た。」

そして、相変わらず随分簡素な答えだ。詳しく何時頃来たとも教えてくれない。まあ、その曖昧な返事が来る事はわかってはいたが、なんだかんだ合い鍵を持っている訳だしいつもの事なので何の気無しに思うのだが。


「そか。じゃあ、今回はいつ伯母さんの所に帰るんだ?」




「帰んない。だから、全部荷物持ってきた。」


「ふーん。・・・は?」


口の中のいい具合に焼かれたベーコンが、なかなか飲み込めなかった。塩加減はちょうどいい。


「今日から、私も此処に住むの。」


まあ、本来、家族兄妹(・・・従兄妹か?)は一緒に暮らす物で、通っている学校が遠い訳でも無い。実は同じ高校に通ってすらいる。ただ、戸籍と苗字が違うというだけの事。俺からしてみれば、倫理的に問題は見当たらないし、文句もない。しかし、いくらなんでもそれは唐突過ぎやしないか。流石に準備が必要な事位は先に言っておいて欲しい。だが、特別不快に思っている訳でも無し。つまりは毎回の如く、口には出さない。しかし、今回ばかりは

「・・・可奈。お前の部屋ないぞ?」


と言う訳なのだ。既に彼の地は荷物のたまり場。物置と化してしまっている。連絡さえくれれば掃除するのだが、前以てそれをしない事によるデメリットが存分に発揮された結果だった。逆にメリットがあるのかと聞かれれば、多分ない。少し考えても気を遣わせないで良い。位の答しか出せない。


「知ってるよ。お兄ちゃんの部屋で寝るからいいもん。」


さらりと問題発言をかました妹を数瞬見つめてから、また、向こうもこちらを見つめてから、可奈は少し顔をずらす。それが言葉の応酬の合図となった。


「リビング。」

「寒い。」

「寝袋持ってるか?」

「無いよ。」

「じゃあ、ストーブ付けていいからさ。リビング」

「暖房費、節約してるの知ってるんだからね。」

「我が家にはストーブも火燵もある。」

「だ・か・ら。節約してるんでしょ?今朝、両方とも点いてなかったよ。そのせいでさっきまで超寒かったんだから。」

「・・・。」


この間、約五秒程。

妹は現在は高校生の帰宅部であるが、中学校時代は演劇部所属。一年で先輩を押し退けヒロインをもぎ取る程の実力派。勿論、発音、活舌もパーフェクト。舌を噛む等の凡ミスは私生活の一度ですらしない。ただ、演技でキスや、抱擁が出来ない為、恋愛系の主役には抜擢されない思春期真っ只中の困ったさん。

とまあ、関係のない話に脱線してしまったがとにかく口が強い。というか速い。その絶対的スピードによって相手を丸め込むのが可奈の常套手段。珠里相手なら余裕をこいて、なお、お話にならない位に強い。

しかし、どうだろう。考えて頂きたい。俺がここで折れてしまえば同じ部屋。いや、それは兄妹だと言う事で、まあいい。許容しよう。問題は可奈のつねに温かい場所を求めて活動する習性にある。

「大丈夫。勝手にお兄ちゃんの布団に入ったりしないから。」


なかなか鋭い。それを今、まさに危惧していた。あれは・・・小学生の時か。流石にもうないだろうが・・・。


「・・・家には予備の布団はないんだけど。」

「・・・。去年の私のは?」「お前、寝具が変わると寝れないとか言って毎年一つづつ、まるごともって帰ったろ。もう、家に布団ないんだよ。」


そのせいで可奈が帰る際には毎年、その意味のわからない荷物の量のせいで長旅に赴く旅人を見送る気分にさせられる。今年からはそれも無くなるようだが。


「あ、アハハ・・・。どうしよ?」


可奈はマグカップに入った、まだ湯気の立つココアを一口、飲んでから苦笑い。それから、少しだけ離れている火燵に入り首だけこちらに向けた。


「んー、やっぱりストーブ付けて良いから暫くリビングで頼むよ。」


顔も体も妹ね方には向けずさりげなく隅に置かれた湯気のたつコーヒーを手に取り少し口に含んでみた。苦い。砂糖は少しも入ってないらしい。


「結局・・・そうなるのかぁ。去年もこんな感じだったよね。」


朝食を咀嚼しながら少しだけ視線をずらせば、可奈は不満そうに蜜柑の皮を剥きながら火燵に突っ伏している。家には珠里と食べて以来蜜柑はなかった筈だが伯母の家から持ってきたのだろうか。見慣れているせいか、その光景を特別に思わなかった。


「去年は布団がまだあった。」


俺は朝食に目を戻し、答えた。

「・・・うぅ、・・・それはもう良いじゃん!ってかホントに今日布団無し!?」

「ソファーがある。毛布なら何枚かあるし。嫌だったら今から伯母さん家に取りに行けばいいし。」


「お兄様。」

「なんだよ。急に。」


半熟の目玉焼きにマヨネーズを塗りたくり終え、その一片を口に含みトーストも少しちぎり口に入れる。可奈がお兄様なんておちゃらけて言うが、ろくな事等あった試しが無い。前は確か強引に高価なアクセサリーをねだられた。今回はどんな無理難題をたたき付ける積もりなのやら。


「外は大変吹雪いています。」


可奈は窓から見える外の吹雪く様を指差し蜜柑を食べる。


「ああ。これじゃ、帰るの無理っぽいな。つか、よく来たな」

「はい。大変でございました。それで今夜は多分、冷え込みます。」

「・・・無理。」


「まだ何も言ってないって!」


可奈は批判的な言葉を飛ばしながら緩み切った背筋を伸ばした気がした。

その批判に続く言葉が俺には割と簡単にわかってしまうのはどうしてだろうか。

「じゃあ言ってみ。」


一応、話は聞く。それが兄妹円満の秘訣。・・・少し違うか。俺の思い違いかもしれない。俺の変な予感は杞憂に終わるかもしれない。そんな淡い期待も少なからず含まれている事も否定出来ない。


「今晩、一緒に寝てください」


完璧に悪い意味で予感が当たりました。


「・・・お前いくつだよ。しかも、布団に潜り込まないって言ったばっかりだろ。・・・小学生位ならともかくさ。」


「小学生位ならいいんだ・・・ロリコン。」


口角をニヤリと上げいやらしい笑顔を俺に向ける。その表情に驚く程冷たさを感じ、背筋に鈍い傷みすら感じた。


「違います。」

「じゃあ、なんで?」


即座に否定。しかし、数瞬しない内に切り替えされる。


「なんでって・・・そりゃあ」


何となしに言い淀んでいるが理由は多々ある。それはもう挙げれば切りがない位に。そのどれもが男と女だからとか、恥ずかしいからとか。言わずもがな、主に性別に関する物だ。それは可奈だって解っている筈だ。では、なんだってこいつは・・・。








「ねぇ、もしかして私の事、嫌」

「違う!!!!」


反射的に叫んでしまってから少しだけ思案に耽り、既視感を覚えた後に我に返った。辺りは静まり返り、暖かい飲み物を啜る音も可奈が蜜柑の皮をむく音ですら聞こえはしなかった。しまった。俺は慌てて取り繕う言葉を考えたがこんな時に限って上手く出てこない。固まった空気が痛い。


後ろを振り向いて確認した訳では無いが可奈も驚愕や動揺、困惑に塗れた顔をしているに違いない。どうしようか。不意に、苦く飲みづらかったコーヒーの水面を通し自分の顔を見てみた。やはり酷い顔をしていた。


「お兄ちゃん。」


すぐ後ろから可奈の声がした。近くまで来たのに気付かなかった。俺はそれ程にまで気が動転しているみたいだった。頬を水滴が滴っている。自分が嫌な汗をかいていると声をかけられて、今やっと気が付いた。

「昨日、珠里ちゃんと会ったの?」


顔の輪郭を伝う水滴が寝巻に落ち、じわりと滲んだ。

「・・・会ったよ。」

「・・・・・・そう。」


一歩。また一歩と忍び寄る足音を背に受けながら俺は目をつぶり声を紡ぐ。


「珠里は自分が嫌われてるって思ってる。」

「そんな事ないのにね。」


可奈もそれに合わせて返事を返してくれた。


「でも、気持ちは解るんだ。俺も母さんに嫌われてるんじゃないかって思ってるから。」

「そんな事無いよ。どうしてそんな事・・・。」


そうだな。俺は相槌一つだけを返し、利き手に持っていたフォークをテーブルに置いた。それから端的にこう続けた。


「本当は俺のせいで死んだようなもんだろ?」


その言葉を聞いた可奈の表情は驚愕か、落胆か、それとも・・・。いずれにしろ、背を向けている俺には窺い知れぬ事だった。


「うん。そうかもしれないね。実際私もそう思ったから。でも」


返し言葉は案外飄々と告げられた。俺のせい。それを肯定され、俺にとって突き刺さるように胸をえぐられたも同然だった。というのも俺がどこか、気にしないで。自分を責めないで。そんな甘い言葉を期待していたからに他ならない。

しかし、その最後に付けられた『でも』という接続詞は耳元で聞こえ、それと同時に暖かく柔らかい感触に肩を抱かれた。


「私はお兄ちゃんが生きててよかったって思ったよ。」

そして、震える声を耳元で囁いた。それが涙混じりの鳴咽だった為か、焦燥に咐だされた俺の頭も冷静に浸り始めた。


「あの時、お父さんとお母さんが死んじゃってホッとしちゃった。・・・死んだのがお兄ちゃんじゃなくてよかった。」


可奈の息遣いが粗い。それも断続的に途切れていて、いかにも苦しそうである。いや、実際に苦しいのだろう。俺は多分、似たような感情を抱いた事がある気がした。

あの時。目の前で両親が死んだ事よりもまず、自分が助かった安心に満たされ、一瞬でもよかったと思ってしまった瞬間。それが俺にもあった。血迷ったかも知れない。気が狂ったかも知れない。でも、確かにあの時、俺は感じてしまったのである。言い寄れない安堵感を。


「・・・。」


「涙も出なかったんだよ?私、おかしいよね・・・。恩知らずだよね。こんなの、お兄ちゃん達にどう思われたって・・・しょうがないよね。」


「可奈。」


背後に居る少女の俺が名前を呼ぶ声に息を呑む音が、気配が、直ぐ傍で感じ、聞き取れ、何かに怯えるかのように肩を抱く力を強めた。そして、最後とばかりに口を開く。声は何時もと同じく装っているが唇は震えている気がした。


「・・・。私だって酷い人なの。だから、お兄ちゃんもそんなに自分を卑下しないで。」


その言葉にちゃんとした返事はおろか、相槌も首を縦に振る事すらもしようと思えなかった。考えるまでもない。無理な話なのだ。目の前で両親二人は死んだのだ。それでも、俺はよかったと思ったのだ。安心したのだ。それの何処に卑下しない理由があろうか。しかし、その事を背中の辺りで震えている妹に直接言うのは憚れる。言ってしまえば、口を開いてしまえば、それはもう止められぬ濁流が如く黒い感情が溢れ出す。


「・・・俺は可奈の事。大切だと思ってる。」


なので、言わない事にした。この少女だけには無理はさせたくなかった。この自分の汚く嫌な部分まで理解してくれている、この娘にだけは。

これ以上自分の嫌な所を増やし、そのために彼女の精神的負担を増やしたくないのも本音である。この家に住むと言い出したのもきっと情緒不安定になりがちな俺の面倒を見る為に違いないのだ。


「・・・本当?」


鼻を啜り、少しばかり声のトーンを上げるのが聞こえた。多少の負い目もあってかこの反応は嬉しかった。何だか和む。ホッとした。なんの気兼ねも不安もなく、だ。


「本当。・・・だから、さ。お前も自分を卑下すんの辞めろよ。でさ、お互い今日はとりあえず考えるの辞めよう?」


可奈は押し黙り


「・・・・・・うん。そうだね。疲れちゃうもんね。」

笑うのに声は出さない。出す必要はない。俺達の間での意思疎通は微笑みで十分だ。




やがて体同士が離れてからは冷たい外気と気恥ずかしい気持ちが同時にやってきてそれはもう大変だった。可奈の顔は首から上は全部、耳まで真っ赤。茹でダコもいいとこだ。更に、俺と目が合うなり全力で火燵の中に子猫よろしくな感じで丸まってしまった。流石に窒息してはまずいと思い、引きずり出したら「ぶぅー。」と訳の解らない声をあげながら中途半端に照れており、いつも通りの態度は暫く見られなかったが数分しない内に快活な笑顔を見せるようになった。


 それからは普通だった。寝巻を洗濯機の中に脱ぎ捨てスイッチを押して廻して置くと可奈の下着を発見し妙に気まずくなったり、年に何回も使わないストーブに火を入れ火燵に入ったりする。それで暑くなったらコンビニでアイスを買って二人で食べる。(逆に寒くなったりする)そのついでに昼と夜の食事の材料を買う。これからは可奈が炊事係を買って出ると言い出した。ちなみに、何を作るかは解らない。材料を見る限り、カレーライスじゃない事は確かだ。しかし、予想に反して。というべきか、昼はハヤシライスだった。

そんな波風立たない時間が過ぎていった。






「晩御飯、生姜焼きだから。」


夕暮れ時に食材を冷蔵庫から出しながら可奈は言う。

「うん。いいんじゃないか?」


「味噌汁いる?」


「うーん・・・、俺はどっちでもいいけど。」


「・・・適当だね。女の子は、どっちでもいい。が一番困るんだけど。」


直ぐに調理にかかるのか、香味の生姜を擦り下ろす音と共に呆れた声をあげた。そのあとで「まあ、いいや。とりあえず作るからね?」と言い、それを最後に料理に集中しているのか、何も喋らなくなった。



俺は火燵の中に入り、天井の辺りを見つめていた。何かが有るわけではない。ただ、ぼーっとしていただけだ。

直に飽きて、辺りを見回す。特にめぼしい物はなかった。自分が生きている大半をここで過ごした。寝ている時間を除けばかなり微妙になってくるがそれでも最近は家にいることが多い。余程、暇だったのだろう。俺の目は自然に上のほうの壁に繋かっている写真に釣られていった。


両親の顔だ。


表情は笑っている。でも本当は笑ってないかも知れない。あの張りぼての裏ではどんな顔をしていて上から、或は下から見ているのか、俺には解らない。なら、可奈になら解るのだろうか。多分、無理だ。珠里は?知里は?不可能だ。誰にもわかりゃしない。何故か。答えは簡単で、誰でも理解出来る。両親にはもう表情はない。今では顔の頬骨すら粉々になり白骨化してしまって一つの壷にまとめられているからだ。



「お兄ちゃん。出来たよ。食べよ。」


可奈がテーブルに夕食を揃えていた。白いご飯に味噌汁、漬物、栄養バランスを考慮したサラダ。そして、今回のメインの生姜焼き。箸も出揃っていて後は食べるだけだった。


「ああ、食べようか。」



俺は腰を持ち上げ食卓の席に付く。そして、箸を持った。


「考えるのやめるんでしょ?」


可奈は箸を持った俺にそう言って、一人、いただきますと呟きサラダにノンオイルドレッシングをかけ始めた。

「・・・何が?」

「写真」

一応、しらを切ってみたが流石我が妹。まったくもってお見通しであった。俺の事を俺より知っている。





「お兄ちゃん。寒い。」


すっかり沈黙しきった空間で可奈は唐突に話題を変えた。


「・・・ストーブの温度、上げる?」


「いい。節約・・・してるから」


これだけエネルギーの浪費をしておいて今更な気がしてならないが可奈が、いい。と言っているのだ。無理に温度を上げる必要もないのだろう。俺もさっきまで火燵にはいっていた為か元々、寒くはない。少し可奈の顔が赤いのが気になるが。


「そうか。」


やがて、夕食も終わり片付けに入った。今はエプロン姿の可奈が台所で食器を洗っている所だ。俺はというとやはり特にやることもなく、火燵に入っている。いわずもがな、暇である。すると念波というかシンパシーというか意味のわからない何かが通じたのか。携帯が急にポケットから振動し自己主張を始めだした。

開いてみるとメールが一通。内容は一文。


『珠里ちゃんでーす。はぁと』


「馬鹿か」


思わず声とため息が漏れる。二通目はすぐに来た。因みに返信はしていない。


『ゴメン。さっきのは違うの。お母さんが勝手に送っちゃったやつだから気にしないで』


ああ。と不思議と納得の形が直ぐさまに作られる。

あの人ならやりそうだ。と。


『別にいいよ。あんま気にしてないし。っていうか、お前は気にし過ぎ。ちょっと気持ち悪かったけど(笑)』



『ちょ、まっ。・・・まあ、いいけど。特に用事もないから、じゃあね。あと、そろそろ可奈ちゃん来る時期だけどだらけないでね。』


奴はエスパーなのでは?思わず目を細めつつ携帯を畳んだ。ディスプレイに燈る時刻を見て、その後腕時計を見ると携帯の方が少し遅れている。

可奈がトテトテとこちらに歩いて来、火燵に入る。そして、俺の左腕を見て

「なんか、高そうなのしてるね。お兄ちゃん、そういうの好きだっけ?」

と怪訝な顔をしている可奈の手は真っ赤になっている。よくある事だが、また冷水で食器洗いでもしたのだろう。夏場ならともかく、この寒い日に。


「いいや。特に興味ない。時計なんて千円のやつしか付けた事なかったし」


なんて言葉を返しながら突っ伏し、赤い手を見ていた。そしたら、それがバレたのか可奈は慌てて手を隠した。この瞬間、明日は自分が皿を洗おうと決めた。しかし、まあ、相も変わらず良く出来た妹だ。料理良し。顔もよし。スタイルよし。いや、少し胸が足りないかもしれない。・・・口に出したら喧嘩になるかもしれないので言わないが。まあ、胸のサイズという唯一のマイナスも、後数年もすれば克服するのだろう。きっと良い嫁さんになる。断言出来る。そうなれば、この子はどんな奴と結婚するのだろうか。カッコイイ奴だろうか。優しい奴だろうか。妹はお前なんぞにはやらんとか言わなきゃならないのだろうか。


「なあ、可奈。お前、好きな子とか居るの?」


「ぅえ!?あー・・・・・」

どうしようもなく気になり聞いてみるとしどろもどろになり、どうも答えにくそうだ。となれば気になる相手位はいるのだろう。そういう人はいないと言うのは得てして簡単なのだ。

俺は娘の思春期に口出すうざったい親父か。内心一人でツッコミを入れつつ答え待つ。そう。冷静に。

「まあ、・・・一応。」


「誰だ!どんな奴だ!名前は!何処に住んでいる!?」


何処に住んでいる、は我ながらやり過ぎだと思う。


「・・・ひ、秘密!ダメだから!絶対、教えない!」

「んー。一応プライバシーだし・・・。まあ、いいけどさ」

心底、がっかりした風に見せると可奈は怒ったような顔に急変。ただひたすらに、いちゃもんを付け始める。それに付き合ってやるのが良い兄貴の印であろう。勿論、まともにやり合えば直ぐさまに丸め込まれ自分が全て悪い気がしてくるのは目に見えている。そんな結果になるつもりは毛頭ない。

「あっー!そうやって女の子の恋愛、馬鹿にするっ!」

「そんなつもりは・・・」

「大体にしてっ!珠里さんとは決着ついたの!?」

「いつ俺があいつと決闘したよ?」

「ちっがっーう!橋の下で待つとかそういう展開じゃなくて!」

「家、すぐそこだろ。わざわざ呼ぶなら家の中でも・・・」

「私が今日からいるの!そんな甘い展開、繰り広げられても困るんですけどっ!」

「甘いって・・・どんな展開だよ、・・・ああ、その程度じゃ足りたいって意味か。どうせ呼ぶなら果たし状だよな」


「だから違うって!・・・はぁ。・・・馬鹿」


勝った。久方ぶりの勝利。いつ以来だろうか。こんなくだらない事で勝利を収めるのは。しかし、可奈が珠里の名前を出すとは思ってはいなかった。アイツはある意味嫌な記憶の一端。良く出来た妹の事だから、きっと気を遣わせて意図的に珠里の名前を出さないようにしていると思っていたのだが・・・案外そうでもなさそうだ。もしかしたら気を遣わない事に気を付けているかも知れないが。


「ハハ、悪い」


「・・・もぅ!」


・・・拗ねてしまった。女とは実に解らない存在だ。つくづく思う。可奈もその立場が妹から女になる事がしばしばある。例えば、幽霊、心霊スポット等のそういうオカルトに対面した時や、今回のような恋愛沙汰に特にその傾向が現れる。だがまあ、それも仕方のない事なのだろう。

『女心は空より高く、海より深い』と誰だかが言っていたが言い得て妙だな。・・・そういえばあれは誰だったか?

ああ、そうだ。

『珠里ちゃんでーす。はぁと』


・・・あの人だったか。


「・・・ねぇ、明日も暇なんでしょ?」


可奈は一時は止んだがまた降り始めた雪を窓を通し、見ながら言った。


「も、ってなんだよ」

「私が来た時はいっつもゴロゴロしてるじゃん」

「・・・ま、そうだけどさ。」


俺もそんな可奈の目線に従い外を見るが酷い雪だ。嵐といっても過言ではない。見るからに悪天候で今頃テレビのお天気お姉さんも、しきりに巨大な低気圧が接近している事を強調していることだろう。


「明日には止むかなぁ?」


眉を八の字にくねらせ、頭を捻る。俺は手元にある新聞を開き天気予報欄を見てみるが雪だるまのマークが一週間に渡りびっしり埋め尽くされていた。


「無理っぽいだろ・・・。なんか用事あったか?」


だとしたら気の毒だ。


「いや、ないけど・・・ご飯どうしよっかなって」


ご飯どうしよう、そんなもの作れば良い。当たり前の事だ。外で食べる事も出来るが生憎の嵐でそんな気は湧いてはこない。となると作るしかなくなる。

ここまで思い出せば、思い当たる事が何点かはある。例えば、冷蔵庫。


「・・・もう少しかみ砕いて教えてくれ、つまり、あれか?冷蔵庫に・・・」


「うん、人参と玉葱と少しの牛肉しかないよ、後、ハムとタマゴ」


それは今日の生姜焼きとハヤシライスのあまりだろう。それと朝食。それにしても迂闊だった。買い物に行くのに冷蔵庫の中の確認を怠ったとは。しかも、酷い嵐で外に出るに出れない状況。言われてみれば今日はやけにスーパーが盛況だなと思ったがそういう事情だったのかと今更気が付く。


「・・・少しでも雪が弱まったら買いに行こう。とりあえず今の外は危なそうだし」


「いいけど・・・私も連れてってよ?」


「スーパーに行っても俺には何が安いかは解らないしね」


「毎日、節約してる人が解らない筈無いでしょ?」


「そんな事はないよ。一円、二円単位だと未だに良く解らない」


首を捻ってからふーん、と可奈が疑いの目を向ける。嘘じゃないと言っても恐らく信じてはくれないだろう。ここで再び言い掛かりの仕合いという名の議論を繰り広げるのは少し面倒だ。

「もう夜も遅いし、俺は寝る」


逃げるが勝ち。


「寝る前にシャワーは入った方がいいよ?」

「じゃあ、お前先浴びてこいよ」


その隙に睡眠に入らせてもらう。シャワーは明日の朝入っても俺は気にしない。


「なんかその台詞えっちぃね」

「さっさと行ってこい」

「あーれーお代官様ーそんなご無体なー」


ふざけた棒読みが風呂場へと向かっていく。

因みにお前の服に帯はない。

「はいはい」


それをあしらってから俺は自室に戻り目をつぶった。

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