第一話 ボーイミーツストーカー
最近変なことが身の回りで起こる。
これは、冗談なんかじゃないし、妄想とか幻覚でもなんでもない。
いいか、真面目な話なんだ。
俺は猫に命を狙われている。
いや、違うんだ。
あと、うん……自分でもアレだと思うけど、集団ストーカーされてる気がする。
まじで。本当に。本当なんだ! 嘘偽りなく!
あと、俺の彼女の命が狙われているっぽいんだ…………。
あ、でも、俺に彼女はいないんだけどさ。
…………………………あーもう! 自分でも訳がわからん。誰か助けてくれよ!
♢♢♢
――俺の不幸が始まったのは、間違いなくあの日だ
あの日、相内ハジメは、秋の始まりを感じさせる早朝の爽やかな空気の中、閑静な住宅街をのんびり学校に向かって自転車を漕いでいた。
その静寂を切り裂くのは、若い女の悲鳴だった。
「きゃー! やめてください!」
ハジメは助けようと思った訳ではない。
ただ、いつも通りの道を通っただけだ。だって他の道選ぶのは遠回りになってしまうし、その悲鳴にも緊迫感を感じなかった。
もしかして、朝っぱらからナンパにでもあって怒ってるのかなーなんて、のんきに思っていたのだ。
そして、緩やかなカーブを曲がった先で、少女とバッチリ目があった。
「助けてください!」
「…………おお?」
少女が男の手を振り切って、こちらに駆け寄ってきた。思わず錆びついたブレーキを握り、靴底をアスファルトに擦り付けて緊急停止。
ムギュッと制服の袖をつかまれてしまっては、我関せずで通り過ぎることが出来なくなった。
正直困った。
どうしよ、と推定ナンパ師の男を見てみる。意外だが、ナンパなんてしそうにない、マトモな格好の若い男だ。
スーツを着ていないから会社員ではなさそう? それとも、そういうスーツじゃなくても良い仕事してる人? いや、なんにせよ、いい年した大人が、朝っぱらからハジメとそう変わりなく見える年齢の女の子をナンパするなんておかしな奴だ。
それに、ファッションセンスも見慣れない感じで、風変わりだし。作業着にしては動きにくそうだし、私服にしてもちょっとダサい……。
とりあえず自転車を降りた。よいしょとスタンドを立てる。
「えーと…………」
「ふん! おぼえてろよ!」
男は今日日漫画でも聞かないようなセリフを残して、やたらときっちりとした機敏な回れ右をすると去って行った。
「え…………」
判断が早い。まだ一は、何一つしていないのに、すでにその背中すら見えなくなっている。
目撃者を恐れたか?
「助けていただきありがとうございます!」
少女がガバッと一の両手をギュッと握った。
間近に見る少女は、一がぽけーっと口を半開きにするくらいの美貌だった。目なんてこぼれそうな大きさでウルウルと輝き、その中に間抜けな男が写っていなければ完璧な宝石のようだ。
胸元にワッペンの付いた体にピッタリと沿ったワンピースを着ている。かっちりとした印象だが、清楚な雰囲気の少女にはよく似合っていた。なんとなくだが――その服から、ナースか、キャビンアテンダントの制服を連想した。
少女が花の色の唇を開いた。
「あの、その制服はどちらの?」
宝石の瞳を一の顔から首から下に移しながら問う。
「流泉高の…………」
「なるほど。覚えました」
その言葉の意味を一が、疑問に思う前に少女はパッと両手を離す。
黒塗りの車が横付けした。
「また会いましょうね、ハジメ……先輩」
笑顔の少女は車に当たり前のように乗り込んだ。
「なんだったんだ……」
首を傾げたが、考えてわかることでもなさそうと判断し、自転車をまた漕ぎ始めた。
一年にやたら可愛い転校生がやってきたというのを聞いたのは、そのささやかな邂逅のほんの翌週のことであった。




