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日雇い労働者として1日働いてみた所感

作者: 御上ナモ
掲載日:2026/03/06

 最初の数時間はとにかく退屈だった。延々と続く単調な作業が苦痛で、終わりの見えないことへの不満がふつふつと募っていた。

 午前中の休憩時間が15分。その最中に爆発したイライラをメールに書きつけた。

 その後、昼休憩の前か、昼休憩の後かは忘れたが、なんとなく自分を客観視して割とこなれてきたなぁと少しばかり悦に浸る。

 実際に自身の仕事の速度が、ベテランの風格を漂わせている先輩(色々と効率の良いやり方教えてくれた)のスピードとあまり差がなくなってきていたからだ。

 そして同時に、未経験の自分が午前中だけで追いつける程度の技能を、この人は得意げに教えてくれたのだと思うと、どこか悲しくなった。

 そんなことを思う自分を嫌な奴だと思いつつも、仕事は続き午後の休憩が挟まった。

 驚愕した。いつの間にか午後の休憩時間になっていたのだ。

 あんなに感じていた苛立ちはどこか消え去り、そこにあるのは虚無と言うには大げさだが、宛先もわからない荷物を延々と包み続ける作業と、飛ぶように消えていく時間だけ。

 腰と膝の痛みだけが今までに過ぎ去ってしまった時間を思い出させる。

 これで終わり?これで俺の1日は終わったのか?仕事が終わった後の正直な気持ちだった。

 身体的には確かに疲れてはいる。

 でも俺の1日は、1箱12ピースの商品を永遠と別の箱に1ピースずつ分配して詰めることで終わったのだ。

 誰でもいい仕事だ。

 機械にやらせれば長期的に見たら効率的だろうに、とも思ったが、おそらく人を使う方が短期的に見て安いのだ。

 そう俺の1日は、安いから買われたのだ。

 そうかこれで10,000円かぁと思うとひどく虚しかった。

 強く印象に残っていることがある。それはおなじ作業レーンの人達がかなり細やかな点にも気を配っていたことだ。

 テープや伝票のわずかなズレや、一度落とした箱が歪んでいないかを確認し、少しでも角に凹みがあれば慎重に伝票を剥がして新たな箱に詰め直す。

 初めのうちは、日本人は真面目だというのはこのようなことなのか、とも思った。脳裏にはネットで見たアメリカの配送業者や中国の宅配業者のひどい作業風景が浮かび、それと比べて日本人は素晴らしい意識だなと思ったのだ。

 だが、少ししてから気づいた。もしかしたらこの人たちは誰にでもできるこの作業を、少しでも技能がいる特別なことにしたいのかもしれない、と。

 伝票が多少斜めでも、誰も気づかない。

 箱の角が曲がっていても、誰も気も止めない。

 でも、あそこでひたすらに箱を作り、緩衝材を入れ、テープで止めて伝票を貼り続けるあの人たちは、誰にも気づかれない作業になんとか誇りを持とうと、いや、なんとか誇りを持たせようとしていたのだ。

 でも俺はそれを知ったところでこれからも箱の歪みなんて見もしないだろうし、ましてや中に入っている納品書なんて一ミリも意識を割かずにそのままゴミ箱に捨てるだろう。

 あくまでもこれは俺の妄想だ。

 彼らは単調な仕事に少しでもアクセントを加えたかっただけかもしれないし、社員が同じレーンに参加していたからたまたま真面目に振る舞っていただけかもしれない。

 だが、一見してわからない箱のわずかな凹みやテープのずれなどを自分から社員に報告し、それが水準を満たしているか尋ねていた彼らの姿はそんな風には、俺には見えなかったのだ。

 そして今日も彼らが丸一日を費やした誇りは誰にも気づかれずにゴミ箱に捨てられ、彼らの1日は誰のための1日だったのかもわからずに終わる。

 仕事が終わり、倉庫から出ると、もう外は暗くなり始めていた。


 このまま何者にもなれずに芸大での4年間を過ごせば、一般企業には就職できないだろう俺の未来は、そのまま今日の彼らの姿になるだろう。

 彼らは漫然とながされ続けた場合の俺が行き着く未来なのだ。


 倉庫から出て空を見上げたとき、俺がはっきりと感じたのは、自分は間違っていなかった、という感覚だ。

 俺は常々、数十時間から数百時間の時間をかけて生み出した俺の作品が、3時間程度で消費される娯楽品であることに、自身の存在価値を揺るがされてきた。

 もっと芸術的なものを目指すべきではないか?もっと高尚で世間一般で褒め称えられるような衒学的な文章を書くべきではないのか?ばかばかしい大衆向けの作品でいいのか?

 こんなくだらないものに、一時的に現実から逃れるだけのシロモノに、俺の一生をかけていいのか?

 そんな疑問はずっと俺の中にあった。

 だが、いいのだ。

 たった3時間だけでも俺の作品は、俺の作品だけを見つける視線を受けるのだ。

 ただの現実逃避でも娯楽品でも、客は俺の作品に、俺の費やした数百時間に対して金を払うのだ。

俺の作品は数時間で追いつけるようなそんな程度のものじゃない。

 俺の時間は認識される時間だ。

 俺の時間は誰にも気づかれずにゴミになる時間じゃねぇんだ。

 そう思ったら、自分の選んだ道が決して間違ってはいないと感じた。

 俺は、何世紀たっても人々の記憶に残り続ける文豪には成れないかもしれないが、何人かの人生観を捻じ曲げて、何人かの性癖をぶち壊して、何人かの自慰のネタになって。そして。

 今まで本なんて読まなかった何人かに、あの、深くて温かで心揺さぶられる物語の世界への扉を授けることは、できるかもしれない。

 そうだ。俺は間違ってない。俺は物書きになる。俺はくだらない娯楽本を書くことに一生を捧げてやる。

 物書きなんて、くだらない仕事だ。

 愚にもつかないような妄想を垂れ流して、いつまで経っても中学生みたいな必殺技を夢に描いてる。

 でもさ。

 物書きなんてくだらない仕事ではあるけど、世に溢れるくだらない仕事の中では相当にマシな部類じゃないか?

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