会議はまだ終わらないので記録を残します
これは、魔王城で起きなかった出来事の記録である。
世界は今日も、特別な結論を出さないまま動いている。
勇者はいる。
問題もある。
だが、誰かが強く舵を取ることはなくなった。
魔王が選んだのは、
正しさでも、勝利でもなく、
「決め続ける余地」を残すことだった。
これは、
終わりを書かないことで、
ようやく形になった会議の記録である。
魔王城では今日も、特別な結論は出ていない。
「では、会議を始めます」
そう言ってから、幹部は一瞬だけ間を置いた。
「……いつも通りです」
魔王は何も言わず、軽く頷いた。
最近の会議には、急ぎの議題がない。
世界が落ち着いたわけではない。
ただ、混乱が日常になっただけだ。
「報告から行きます」
「頼む」
「勇者の数は、先月から大きな変動はありません」
「増えてはいないのか」
「減ってもいません」
「安定だな」
「異常な安定です」
魔王はその表現を訂正しなかった。
「勇者同士の衝突は?」
「減少傾向です」
「理由は」
「互いに“自分が正しいか分からなくなってきた”とのことです」
「成長だな」
「混乱とも言えます」
「どちらでもいい」
「世界各地からの苦情は?」
「数は減っています」
「解決したのか」
「諦めたようです」
「それも一つの答えだ」
幹部は、少しだけ安心したように息を吐いた。
「神々からの連絡は?」
「特にありません」
「相変わらずか」
「“見守っています”とだけ」
「便利な立場だ」
「はい」
会議室には、静かな空気が流れていた。
緊張はない。
達成感もない。
だが、不思議と不安もなかった。
「魔王様」
「何だ」
「世界は、このままで大丈夫なのでしょうか」
問いは、ずっと宙に浮いていたものだ。
魔王は、少し考えてから答えた。
「分からない」
「……」
「だが」
「?」
「少なくとも、今は“誰かが答えを押し付ける状況”ではない」
幹部は、それをどう受け取ればいいのか分からず、黙っていた。
「勇者が来ない日もあります」
「来る日もある」
「世界は、相変わらずです」
「それでいい」
魔王は椅子に深く腰掛けた。
「我々は、何もしない」
「はい」
「だが、見ていないわけではない」
「はい」
「そして、記録は残す」
机の上に積まれた議事録を、魔王は軽く叩いた。
「いつか」
「いつか?」
「誰かが、この記録を読むかもしれない」
「勇者でしょうか」
「世界かもしれない」
「魔王様ご自身では?」
魔王は、少しだけ笑った。
「それも悪くないな」
「では、本日の結論を記します」
「頼む」
幹部は、ペンを取った。
『本日、特筆すべき結論は出なかった。
ただし、世界は継続中であり、
会議もまた、継続するものとする』
「以上です」
「お疲れ」
会議は、それで終わった。
拍手はない。
誰も立ち上がらない。
廊下を歩きながら、魔王は思う。
世界は、相変わらず騒がしい。
勇者は、まだ多い。
問題は、完全には解決していない。
それでも――
「魔王様」
「何だ」
「次の会議は、いつにしますか」
魔王は、少し考えてから答えた。
「世界が、また困ったときでいい」
「分かりました」
魔王城では今日も、
特に何も起きていない。
だからこそ、
記録は続いていく。
会議は、まだ終わらない。
――魔王城 会議録・完




