魔王が何もしないときめたので会議を始めます
「これは、魔王城で起きなかった出来事の記録である。」
世界を管理できなくなった時、次に問われるのは「誰が責任を取るのか」だ。
だが、責任を取ることと、答えを出すことは、必ずしも同じではない。
魔王城では今日も、特別な結論は出ていない。
「では、会議を始めます」
幹部の声は、いつもより低かった。
「本日の議題は?」
「魔王様の発言についてです」
「“何もしない”というやつか」
「はい」
魔王は椅子に深く座り直した。
「確認する」
「我々は、世界を管理できていない」
「はい」
「勇者は増え続けている」
「はい」
「神々は見守る姿勢だ」
「はい」
「世界は、答えを求めている」
「はい」
魔王は一つずつ頷いた。
「その上で」
「はい」
「我々が動けば、世界は安心するだろう」
「はい」
「だがそれは、世界が考えることをやめるということだ」
誰も否定しなかった。
「反対意見は?」
沈黙。
「では賛成は?」
さらに沈黙。
「……正直なところを言え」
魔王が言うと、幹部の一人が口を開いた。
「怖いです」
「何が」
「何もしない結果、世界が壊れるかもしれないことが」
「当然だ」
「ですが」
別の幹部が続ける。
「何かを決めても、別の形で壊れる気がします」
「それも当然だ」
「確認するが」
魔王は机に指を置いた。
「我々が勇者を管理した世界は、平和か?」
「……いいえ」
「我々が勇者を倒した世界は?」
「……それも」
「では、我々が沈黙した世界は?」
答えは出なかった。
「分からない、というのが答えだ」
魔王はそう言った。
「だが」
「?」
「分からないからこそ、決めない」
「これは放棄ではない」
「では何ですか」
「選択だ」
魔王の声は、静かだった。
「世界に“自分で決める余地”を残すという選択だ」
「勇者は来ます」
「来るだろう」
「非難されます」
「されるだろう」
「魔王らしくない、と言われます」
魔王は、ほんの少し笑った。
「それは褒め言葉だな」
「では、結論を記録します」
「頼む」
「“魔王は、当面の間、世界に対して直接的な介入を行わない”」
「補足を入れろ」
「何を」
「“ただし、会議は続ける”」
幹部は、ゆっくりと書き加えた。
会議が終わる。
誰も拍手しないし、達成感もない。
だが、奇妙な静けさだけが残った。
「魔王様」
「何だ」
「これで、良かったのでしょうか」
魔王は立ち上がり、少しだけ考えてから答えた。
「分からない」
扉へ向かいながら、続ける。
「だが――」
振り返らずに言う。
「間違っていると決めるのは、まだ早い」
一拍置いて、最後に。
「だから、会議を続ける」




