受付が限界なので会議を始めます
これは、魔王城で起きなかった出来事の記録である。
世界は、放っておいても回るものだと思っていた。
少なくとも、壊れるまでは。
だが最近は、
回っているのか、転がっているのか、
誰にも判断がつかなくなってきている。
勇者は増え、平和は膨らみ、
問題だけが置き去りにされていく。
これは、
魔王城が初めて「把握を諦めかけた」日の、
会議の記録である。
魔王城では今日も、特別な結論は出ていない。
魔王城の受付は、本来なら戦場ではない。
少なくとも、剣も魔法も使わないはずだった。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
受付係の声は、いつも通り落ち着いている。
相手が誰であっても、それは変わらない。
「勇者です」
受付係は、一瞬だけ視線を上げた。
「……何名様でしょうか」
「七名です」
「本日は大変混み合っております」
そのやり取りが、
会議室まで届くようになるとは思っていなかった。
受付係は書類を受け取りながら、心の中で数える。
――これで、今日で十七件目だ。
内訳は、
自称勇者が十二件。
本物かどうか分からない勇者が五件。
区別は、ついていない。
つける部署も、ない。
「少々お待ちください」
そう言ってから、すでに三十分が経っていた。
待たされている勇者は、誰も怒っていない。
暇だからだ。
受付係は、そっと呼吸を整えた。
――これは、もう個人で処理する量ではない。
その日の定例会議に、
予定になかった議題が追加された理由である。
「では、定例会議を始めます」
幹部が資料を広げる。
「本日の議題は一つ。受付業務の限界について」
「限界?」
魔王が首をかしげた。
「はい。主に精神的な」
「数値化はできるか」
「難しいですが、苦情件数は右肩上がりです」
「苦情?」
「勇者からです」
「世界からではなく?」
「両方です」
魔王は、少し考え込んだ。
「内容は」
「“勇者が多すぎて順番が分からない”」
「“自分が本物か確認してほしい”」
「“他の勇者が勇者らしくない”」
「世界は、勇者に厳しいな」
「魔王城への被害は?」
「ありません」
「感謝の言葉は?」
「ありません」
「苦情だけか」
「はい」
会議室に、静かな空気が落ちた。
「対応案は?」
「整理番号制があります」
「受付が増えますね」
「勇者講習会も案として出ています」
「誰が講師だ」
「勇者です」
「却下」
「放置案もあります」
「結果は?」
「さらに増えます」
魔王は、ゆっくりとうなずいた。
「順調だな」
「どこがでしょうか」
「世界が、自分で役割を探し始めている」
幹部たちは、黙ったままだ。
「では結論だ」
魔王は椅子に深く座り直す。
「受付は現状維持」
「増員は?」
「しない」
「対応は?」
「しない」
「記録は?」
「残す」
「理由は?」
「後で困らないためだ」
誰も反論しなかった。
会議が終わり、廊下に出ると、受付はまだ続いていた。
「次の方どうぞ。――はい、勇者ですね」
「討伐は受け付けておりません」
「相談ですか? 順番にお伺いします」
魔王は、その様子を少しだけ眺めてから言った。
「……勇者が増えすぎると」
独り言のように続ける。
「魔王城が、役所に見えてくるな」
誰も否定しなかった。
「記録を残せ」
「まだ書くんですか」
「書く」
「何のために?」
魔王は、少しだけ間を置いて答える。
「この世界が、
いつから“魔王に頼らなくなったか”を、
後で確認するためだ」
そう言ってから、いつもの調子で締める。
「次回も、定例会議だ」
廊下の受付は、今日も止まらない。
――魔王城は、平和に忙しいままだった。




