魔王城に苦情が来たので会議を始めます
これは、魔王城で起きなかった出来事の記録である。
世界が平和になると、
次に増えるのは問題ではなく、「問い合わせ」らしい。
勇者が増えすぎた結果、
なぜか魔王城が、相談窓口のような扱いを受け始めた。
誰もそんな役目を引き受けた覚えはない。
引き受けるつもりも、もちろんない。
だが世界は今日も、
こちらの都合など気にせず、困っている。
これは、
魔王がまだ「何もしない」と決め切る前の、
少しだけ面倒になってきた会議の記録である。
魔王城では今日も、特別な結論は出ていない。
「では、定例会議を始めます」
幹部がそう告げた直後、
受付係が静かに手を挙げた。
定例会議が始まる前に、
発言が入ること自体、すでに嫌な予感しかしない。
「発言を許可します」
魔王が短く言う。
「本日は、会議の前に報告があります」
「内容は?」
「……受付が限界です」
その一言で、
全員が状況を理解した。
魔王城の受付が騒がしくなったのは、三日前からだ。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
そう尋ねる受付係の声は、いつも通り落ち着いている。
相手が誰であっても、その対応は変わらない。
「勇者です」
受付係は一瞬、視線を上げた。
「……何名様でしょうか」
「七名です」
「本日は大変混み合っております」
そのやり取りを、
会議室で再現される日が来るとは思わなかった。
「では、定例会議を始めます」
幹部が資料を広げる。
「本日の議題は一つ。苦情対応について」
「苦情?」
魔王が、わずかに眉をひそめた。
「世界からです」
「世界は、我々をそういう窓口だと思っているのか」
「最近は、はい」
「内容を読み上げます」
幹部は淡々と続ける。
「“勇者が多すぎて困っています”」
「次」
「“どの勇者が正しいのか決めてください”」
「次」
「“勇者同士が喧嘩しています。止めてください”」
魔王は、しばらく黙った。
沈黙の時間だけが、正確に記録される。
「……なぜ我々に」
「魔王城だからです」
「理由になっていないな」
「ですが、納得されます」
理不尽だが、現実的だった。
「他にもあります」
「“勇者の数を減らしてほしい”」
「“勇者を名乗るには申請が必要ですか”」
「“魔王様は何曜日に対応可能でしょうか”」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
「確認する」
魔王が言う。
「我々は、いつから管理機関になった」
「なっていません」
「いつから相談役になった」
「なっていません」
「だが、来ている」
「はい」
現実は、いつも報告書より先に動く。
「対応案は?」
「無視する、という案があります」
「却下理由は?」
「増えます」
「対応する案は?」
「増えます」
「保留は?」
「一番増えます」
魔王は、静かに頷いた。
「順調だな」
誰も笑わなかった。
「受付係から追加報告です」
「何だ」
「“勇者会議を開くべきではないか”という要望が来ています」
「勇者が?」
「勇者です」
「……世界は、暇なのか」
「平和ですから」
魔王は、少しだけ考えた。
「結論を出そう」
会議室の空気が、わずかに引き締まる。
「苦情には対応しない」
「理由は?」
「対応すると、役割を引き受けることになる」
「引き受けない理由は?」
「世界は、もう自分で決め始めている」
幹部たちは、何も言わなかった。
「ただし」
魔王は続ける。
「記録は残せ」
「議事録ですか」
「苦情録だ」
「後世のために?」
「違う」
「では?」
「世界が、何に困っていたかを忘れないためだ」
会議が終わり、
廊下を歩きながら思う。
勇者が増えた。
世界は困っている。
そして魔王城は、相談されている。
だがそれは、
支配でも、信頼でもない。
ただの、行き場のなさだ。
「魔王様」
背後から声がした。
「次の会議は?」
「いつも通りだ」
「議題は?」
魔王は、少しだけ考え、
「未定」
と答えた。
世界の方が、
先に決めてしまいそうだったから。




