新しい勇者が多すぎるので臨時会議を始めます
これは、魔王城で起きなかった出来事の記録である。
勇者は、一人いれば十分なはずだった。
少なくとも、世界の仕組みとしては。
だが世界は、その仕組みをあっさり無視した。
魔王城では今日も、特別な結論は出ていない。
ただし今回は、少しだけ騒がしかった。
「では、臨時会議を始めます」
そう告げた幹部の声には、
はっきりとした焦りが混じっていた。
定例会議でない時点で、
だいたい嫌な予感はしていた。
「定例ではない理由は?」
魔王が落ち着いた声で尋ねる。
「想定数を超えました」
「何がだ」
「勇者です」
その時点で、
会議室にいる全員が、なんとなく察した。
魔王城の会議室に、
珍しく慌ただしさが漂っている。
「議題は一つ。新しい勇者が――」
幹部はそこで一度、言葉を切った。
表現を探している様子だった。
「――多すぎます」
沈黙。
この城では、
「多すぎる」という報告自体が珍しい。
「どれくらいだ」
魔王が確認する。
「昨日だけで七人です」
「一週間分を前倒ししないでください」
誰かが真顔で言った。
誰の発言だったかは、記録に残っていない。
「各地から報告が上がっています」
「被害は?」
「ありません」
「勇者同士が鉢合わせして、揉めています」
「世界は?」
「困っています」
とても正直な報告だった。
そして、どうしようもない。
「勇者の定義を確認しよう」
魔王が言った。
「勇者とは何だ?」
「勇者です」
「説明になっていない」
「名乗っています」
「条件は?」
「特にありません」
会議室に、
嫌な静けさが落ちた。
「聖剣は?」
「持っています」
「本物か?」
「量販店で買えます」
「なぜ売っている」
「売れるからです」
世界は、思ったより自由だった。
「中には勇者同士で決闘している者もいます」
「理由は?」
「自分こそが本物だと主張しています」
「解決策は?」
「勝った方が勇者です」
「負けた方は?」
「次の日、また名乗ります」
魔王は、ほんの一瞬だけ頭を押さえた。
それ以上の感情は、表に出さなかった。
「魔王城への被害は?」
「ありません」
「苦情は?」
「“勇者が多すぎて、誰を信じればいいか分からない”と」
「こちらに言われてもな」
魔王は、短くため息をついた。
「対応案はありますか」
「排除は?」
「却下」
「管理は?」
「難航しています」
「放置は?」
「現状、それです」
自然と、
全員の視線が魔王に集まる。
「では結論だ」
魔王は椅子に深く座り直した。
声は変わらない。
「勇者が増えすぎたのは、世界が暇だからだ」
「暇、ですか」
「脅威が足りない」
全員が一瞬、こちらを見る。
「……増やします?」
「いや」
魔王は静かに首を振った。
「足りないのは、魔王ではない」
少し考えてから、続ける。
「役割だ」
会議後、
報告書をまとめながら思う。
勇者は増えた。
魔王は減っていない。
それでも世界は、確実に混乱している。
城の外では今日も、
勇者同士が自分の正しさを叫んでいるらしい。
「勇者が多すぎると」
魔王が、ぽつりと言った。
「魔王が足りなく見えるな」
次の臨時会議予定を書き込みながら、
その意味を、まだ誰も深く考えていなかった。




