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終末世界の修羅がいなくなった国、回収屋のとある一日の記録

作者: 夢桜しばえもん
掲載日:2025/10/08

 無限の孤独と虚無が広がる死の砂漠を、僕は相棒のピヨタンに乗り延々と進み続ける。


 人跡未踏の灼熱の大地には記号の様な彼の足跡が刻まれ、やがてすぐに砂に飲み込まれ僕たちがいた証は消えていく。


 地平線の彼方の空はこんなにも青く自由だというのに、草木の生えない死の世界は全ての生命が存在する事を拒み、吹きすさぶ風は容赦なく砂を叩きつける。


 ゴーグルやジャケットで完全防備しているので多少はマシだけど、それでも全身に針で刺される様な痛みを感じてしまう。


 しかしピヨタンの見た目は巨大なひよこそのものなのに、まるで暑さも痛みも苦にしている様子もない。修羅の世界に住む野生動物というだけあって生命力は人間と比べると次元が違う様だ。


「おっ」


 代わり映えのしない景色に飽き始めているとようやく何かを見つけ、目当ての遺構かと思い速度を上げたけれど、それは行き倒れた巨獣の骨だったので僕は落胆してしまう。


「なんの骨だろ」

「クジラじゃないかな。元々この辺は海だったらしいし。ほらあれ」


 終末世界の住人であるピヨタンは僕の疑問に答え、道を外れ近くにあった岩に近付く。


 それはよくよく見ると大昔の建物の一部で、どうやら長い年月で砂の下に埋まってしまった様だ。


「わあ、ひょっとしてここが目的地の」

「違うよ。ここは昔の港跡さ。レトロな外観が人気で有名な観光地だったらしいよ。今はガッカリ名所になってるけどね」

「へー。といっても僕たちからすれば数十年とか誤差みたいなものだけど」


 おそらくこの建物はそれなりに立派だったのだろうけど、人類滅亡から途方もない時間が過ぎ去っている。


 正直言われなければ不思議な模様の大きな岩が何個か転がっているな、程度にしか思わず、わざわざ砂漠を何十時間も旅してまで命懸けで見に来るようなものでもない。


「ただガッカリ名所だけどここは数少ない目印なんだ。そろそろ目的地に着くよ」

「うん」


 ガイド役でもあるピヨタンはタッタと駆け出しスピードを上げる。


 時間は無限にあるけど水や食糧は有限だ、早めに仕事を済ませるとしようか。



 そのまま走り続ける事数時間、僕は目的地の闘技場の様な遺構にようやくたどり着いた。


 遺構の至る所に鷹を模したオブジェや壁画があったので、知識がなければ鷹の神様を祀っている祭壇だと思ってしまうかもしれない。


「着いたよ。それにしてもヤキウにまつわる聖遺物が欲しいなんて物好きな人もいたもんだね。そんな仕事を引き受ける君も物好きだけど」

「物好きじゃないと回収屋はやってられないさ。どんなものであろうと僕は受けた依頼をこなすだけだよ。こんな世界じゃ他にする事もないし。時間だけはいくらでもあるからね」


 ヤキウとはかつて古代人が行っていた神事であり、ここはその神事を行っていた神殿らしい。


 今回の依頼人はヤキウの研究者兼コレクターで、こうして回収屋の僕は砂漠を越えてはるばる修羅の国にやって来たというわけである。


 基本的に僕の仕事は回収する事なので、古代の遺物でも人でも生き物でもお金さえ渡されたら何でも回収する。正直危険な上に稼げず割のいい仕事とは言えないけど、半分くらいは道楽なので何も問題はない。


「まあ折角こんな所まで来たんだ、めぼしいものがあったらついでに回収しておくといい。ここも直に砂の中に埋もれてしまうだろうからね。その頃には人類はもう絶滅しているかもしれないけど」

「それじゃあお言葉に甘えて。ありゃ」


 おおらかなピヨタンから盗掘の許可をもらった僕は面白そうなガラクタを発見し、彼の背中から降りて間近で観察する。


 そのガラクタはオフロードバイクと呼ばれる先史文明の技術が詰め込まれた古代人の乗り物だ。パーツだけでも高値で取引されるけど状態はかなりよく、臨時収入にしては額が多すぎた。


「おっ、早速いいものを見つけたね。分解して使えそうなものを貰っておけば?」

「それもいいけど……これだけ状態がいいと修理したら乗れそうだね。古代人のバイクに一度乗ってみたかったし、後で直しておこうか」

「ひどいよ、僕以外の乗り物に乗るなんて。浮気はよくないよ」

「何言ってるのさ。でも一旦これは後回しにして遺物を探そうかな」


 ピヨタンはもちろん本気で怒っているわけじゃない。修理には時間がかかりそうなので僕は先に遺構の中を探索し用事を済ませる事にした。



 ヤキウの神殿にもいろいろなタイプがあるけど、ここには大昔屋根があったらしい。


 だけどやはりここも砂に飲み込まれつつあり、神事を行うフィールドは子供のピヨタンが遊ぶ砂場に変わってしまった。


 神殿の中には形状が変化し違うサッカーなる神事も行える特殊なものもあったそうだ。これもある意味ではその類だけど、この砂場で出来る遊びと言えば大サソリと鬼ごっこをするくらいだろう。


 砂漠地帯の食物連鎖の頂点に立つ最強の生物ピヨタンは雛鳥だとしても他の生物にとっては脅威以外の何物でもなく、大サソリは毒針の付いたしっぽを振り回し懸命に逃げるも高速のついばみ攻撃で硬い殻を壊され、虫の息になった所をパクン、と一飲みにされてしまった。


 一切の情け容赦がないその様は生命の力強さを感じる。この世界にはこういった化け物がそこかしこにいるので、へなちょこな人間は安全な場所に引きこもって細々として生きていくしかないのだ。


 神殿内を探索していた僕は割とすぐに遺物を発見し、今は他に良さそうなものがないか探索している最中だ。


 過酷な大自然でも自らの力でたくましく生きる子供を、相棒のピヨタンは公園のベンチに座るおじいちゃんの様に眺めており、一切僕の仕事を手伝ってはくれない。


「ねえピヨタン、君もなんか探してよ」

「僕以外の乗り物に色目を使わないって約束してくれるのならいいよ。つーん」

「まだそのネタ引っ張ってたの」

「まあこれは冗談だけど、さっさとバイクを回収して離れたほうがいいんじゃないかな」

「どういう事?」


 ピヨタンは珍しく真面目そうな表情で僕に忠告する。一見するといつもと変わらないぽへんとした何も考えていなさそうな顔だけど、付き合いが長い僕には彼が少し困っているのだと理解してしまった。


「すぐそこに爆弾がある。かなり昔のものだけど」

「ありゃま。ならもっと早くに言ってよ」


 ピヨタンの視線の先、僕のすぐ足元には確かにそれっぽいものがあった。


 経年劣化で錆びついていて一見するとガレキの塊にしか見えなかったけど、確かにこれはまごう事なき古代文明で用いられていた爆弾である。


「昔の戦いで使って不発弾として残ったのかな」

「多分ね。貴重なパーツは使われているだろうから解体してもいいけど、あまりオススメは出来ないかな」

「ふーん。ねえピヨタン、この爆弾は爆発するのかな」

「さあ。今すぐ爆発するかもしれないし数百年後に爆発するかもしれない。どうするかは君に任せるよ」

「そっか。なら折角ここまで来たんだし解体しておこうかな」


 僕は道具を取り出しカチャカチャと解体作業を始める。この状況で本来そんなリスクを負う必要は一切無いけれど、一応知識はあるのでこれくらいはどうとでもなるだろう。


「君は本当に物好きだね。誰もいない遺跡で不発弾が爆発した所で誰も困らないのに」

「だけどこうすればこの遺跡の寿命をほんの少し伸ばす事が出来る。君は逃げないの?」

「爆弾の爆発に巻き込まれたところでピヨタンは死なないよ。九州で生きていくにはロケットランチャーくらい耐えられないとね。ピヨタンは我が子にロケットランチャーをぶっ放すってことわざもあるし」

「聞いた事ないけど」

「うん、今作ったから」

「あっそう」


 マイペースな相棒は特に何の感情も抱かず解体作業を眺める。


 きっともし僕が爆弾の解体に失敗して死んだとしても彼の人生には何の影響も与えない。前と同じ様に、不毛の大地の住民に戻り自由気ままに生き続けるだけだ。


「そういえばさっき回収したヤキウの遺物ってなんか由緒があるの?」

「あるにはあるよ。ホームランを打ったら手術するよっていう神話の一説に由来している遺物なんだって」

「なんとなく聞いた事はあるけど。どんなのだっけ?」


 暇を持て余したピヨタンは僕が命懸けの作業をしている最中にどうでもいい事を聞いた。空気が読めないってレベルじゃないけど、彼はそういう性格だから仕方がない。


「こんな話さ。ある病気の少年がホームランを打ったら手術をするという約束をした。だけどそのヤキウ選手は決して強い部類の選手じゃなく、ホームランなんてほとんど打った事がなかった。だけど彼は少年の想いに答えるため、闘志をみなぎらせて試合に臨んだ」

「ふむふむ」

「一打席目、二打席と彼は空振りや凡退を連発し、気合が空回りしたせいでその日はいつもにも増して絶不調だった。だけど最後の打席でツーアウト満塁、一打で逆転サヨナラ満塁ホームランという最高のチャンスが回って来た。少年のためにこの一打に全てをかける! 彼は命に代えてでもホームランを打つと強く決意した!」

「おお!」

「そして監督は期待のドラ1ルーキーに全てを託し、代打を任された選手は見事にホームランを打ったそうだ」

「ありゃ」

「ちなみにその約束をした選手は鳴かず飛ばずで三年後に戦力外になって、ホームランを打った選手はメジャーリーグに行ったそうだよ」

「まあ現実はそんなものだよね」

「よし、出来た」


 その伝説はイマイチ盛り上がりに欠けるもので、爆弾解除もこれといったハラハラドキドキする展開もなく成功してしまう。


 でも折角なので使えそうなパーツはいくつか回収しておくとしよう。バイクの修理にも使えるだろうし。



 一仕事終えた頃には辺りも暗くなってきたので、僕はその日はヤキウの神殿で一泊する事に決め、固形食糧をかじりながら黙々とバイクの修理作業を進める。


「さっきの話だけどさ。結局その神話の言いたかった事って何なのかな。神話って大体先人の教訓っていうかそういうのがあるものでしょ」

「うーん。君がさっき言った様に現実はそんなもの、って感じじゃないかな」


 相変わらず何もする気がないピヨタンに僕は勝手な解釈を伝える。最強生物も眠気にはかなわないのか、ふかふかの砂に身体を沈めボーっとしていた。


「一生懸命頑張っても、理想は所詮理想であって夢は叶わないものだって。そう言いたかったんじゃないかな」

「実に夢のない話だね」

「大抵の夢は叶わないものさ。だけどこの世界の人はもう夢を見る事も出来ない。ただ死ぬためだけに生まれてきた。たとえ無意味でも、病気の少年もヤキウ選手も少しの間だけ夢を見る事が出来たわけだから、僕からすれば羨ましいかな」

「つまり人生は酔狂に生きてナンボだよって事かな」

「かもね」


 全てを諦めてしまった僕にピヨタンは随分と雑な、それでいて的を射た答えを導き出した。やはり結局のところ人は現実だけでは生きていけないのだろう。


「知っているかい? 宇宙はベージュ色をしているそうだ。ただの漆黒の世界に見えるけど、限界まで光で満たせば本当の姿を見る事が出来るんだって。その色は砂漠の色にちょっとだけ似ているそうだよ」

「へえ、つまり僕たちは今実質宇宙にいるのと同じって事かな」


 黄昏の太陽は地平線の向こう側に姿を隠し、この世界に真の静寂が訪れる。漆黒の闇はどこまでも深く、世界に存在する万物の存在を覆い隠していく。


 だけど夜空には少しずつ星が瞬き始め、孤独であったはずの地球は宇宙と一体化しあるべき姿に戻っていく。そして闇に包み込まれた僕たちもまた宇宙へと還っていったんだ。


「おかしな事を言うね。君達人間は最初から宇宙にいたよ。地球から出ようとしなかっただけで」

「大体の人はそんな事を考えもしないだろうからね。人間は自ら可能性を捨てて滅びを受け入れてしまったんだ。だけどだからこそ僕はこんなにも綺麗な星空が見えた。かつての人々は本当の空の色を知る事もなく死んでいったけど、煩わしい事から解き放たれて宇宙に還る事が出来たのならそれはそれで幸せな事なのかもね」

「きっとね。少し寂しいけど人間はいつか死ぬものさ。だから死ぬ前にいろんな美しいものを見なくてはならない。世界の全てが無意味だというのならわざわざ何もせずに死ぬ必要もないから」

「ああ。生きる事に意味はないけど死ぬ事にも意味もない。世界は人の味方じゃないけど敵でもない。人類は地球にとって気にも止めないどうでもいい存在だったんだ。回収屋なんて仕事をしているとよくわかるよ。ま、しばらくは飽きるまで適当に生きてみるかな」

「そうするといいよ。君はいろんな経験をしてから死ぬべきだ。喜びも悲しみも何も感じなくなる前にね」


 ピヨタンは僕にそう告げゆっくりと瞳を閉じ、ふわふわの産毛を揺らし一足先に夢の世界に旅立った。


 さて、もう少し夜更かししてバイクを直そうか。僕はそれだけ考え、星明かりを頼りに手を動かし続けた。



 世界は眩い光で満たされ、時が止まった世界に変わらず朝が訪れる。


 凍てついた砂漠は徐々に熱気に包まれ、大地は太陽によって焼かれ始めた。


 僕たちは優しい闇の世界から追い出され、再び現実の世界に戻ってきてしまった。


 いつかは僕もこの闇を消し去る残酷な太陽に絶望してしまうのだろうか。


「ブレーキよし、タイヤよし、灯火類よし、燃料よし。うん、完璧だ」


 僕は修理を終えたバイクの最終チェックを行い、ブタと燃料の全てに概ね問題がないと判断した。途中で止まるかもしれないけど走れるところまで走ってみよう。


「浮気者。結局そっちに乗り換えるんだ」

「もうそのネタはいいから。で、次はどこに行く?」

「そうだね、僕はクロメに行きたいかな。久しぶりに焼き鳥を食べてみたいし」

「え、焼き鳥食べるの」


 僕が次の目的地を尋ねるとピヨタンは実に猟奇的な提案をした。もちろん鳥を食べる鳥は自然界にも普通にいるけど、やはり多少なりとも困惑するものはある。


「君ひょっとして焼き鳥嫌いな人なの? 珍しいね、老若男女に愛される焼き鳥が嫌いなんて」

「そういう問題じゃなくて。でもそっか、じゃあそうしてみようかな」


 適当に目的地を決めた僕はエンジンをふかし、相棒と共に荒廃した砂漠を進んでいく。


 うん、オフロードバイクの乗り心地は悪くない。たまにはピヨタン以外と浮気をするのもいいものだ。


 そして砂漠の風となった僕たちは、全てを受け入れ少しずつ終末の世界の一部となっていく。


 その心地よい絶望は過酷な現実を生きる気力となり、僕はとりあえず明日も適当に生きてみようかな、とそんなどうでもいい事を思ってしまった。

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