魔王が“脇役イケメン”にこだわり始めた件
魔王城執筆室(魔王ルリスが趣味で設置)では熱のこもった会話が繰り広げられていた。
「――で、今回は“婚約破棄の断罪イベント”から始まる復讐劇って流れで問題ないな?」
魔王ルリスは玉座からではなく、真剣な眼差しで執筆デスクの前に座っていた。
机の上には数十冊のノート、万年筆、羽ペン、そしてなぜか恋愛小説キャラ早見表。
(どうして魔王が僕より執筆体制整ってるんだろう)
俺は魔王に恋愛小説を献上するという謎の立場で、今日も原稿を書いている。
「ナロー、聞いているか?」
「ひっ、はいっ! 断罪イベント、開幕三ページ目にぶちこみます!」
「ふむ、よい返事だ。だがな――」
魔王ルリスが急に立ち上がる。そして、左手に抱えていたノートを開く。
「今回、脇役が足りぬ」
「え?」
「このままでは、主人公が復讐する相手が“ただのテンプレ聖女”ではないか。そこに、哀しき宿命を背負ったイケメン副官を配置しろ」
「えっ、脇役に!? イケメン副官……ってどこで活躍するんですか!?」
「黙れ、ナロー。副官の名は“ギルベルト=ヴェイロン”。氷の瞳を持つ忠義の男で、かつては主人公の護衛だったが、現在は敵側にいる」
(設定が深ぇ……!!)
ルリスは熱弁を続ける。
「断罪イベントで、“お守りしていたあなたが罪を犯すはずがない”と一瞬だけ叫ぶ。だが、その声は群衆の罵声にかき消される。よいな?」
「そ、そんな副官、読者に刺さる……のかな……?」
「私は刺さった」
(つよっ……! 何この感情の圧!)
魔王の圧政が強まる最中、執筆室のドアが勢いよく開く。そこには紙束を持った編集精霊エディナが意気揚々と立っていた。
「お待たせしました。ナローさん、プロットの第七案が通ったようなので、そろそろ第八案の提出をお願いします」
「プロットそんなに出したの!?」
「ちなみに第六案まではルリス様に“気持ちが浅い”と全却下されてます」
「なにその魔界ハードモード……!」
「あと、ギルベルト副官が最後に“そなたの涙、俺が預かる”と囁いて去っていく演出は、ルリス様からのご指定です」
「ルリス様!? 僕、誰の小説書いてるんですかぁぁぁ!!」
⸻
結局、俺は徹夜で第八案を執筆した。
“断罪イベント”“腹黒王子”“ギルベルト副官”“涙預かり演出”――全てをねじ込み、渾身の力で物語を綴った。
(もはやこれ、恋愛小説というより感情の濁流)
翌日。
原稿を読み終えたルリスは、静かに言った。
「……続編は、あるな?」
「その瞳で言われたら断れないです……!」
⸻数日後
「ギルベルト、スピンオフを用意しよう。副官視点で描け」
「ちょ、ちょっと待って!? まだ本編終わってないから!?」
「ギルベルトの過去編だ。タイトルは――『氷の瞳に映るあなた』」
「それ乙女ゲーのサブルートぉぉぉぉぉぉ!!」
エディナが淡々とまとめた。
「ではスケジュール調整します。三日後:スピンオフ第1話提出。五日後:本編第9話修正稿。七日後:ルリス様との感想共有会」
(いったい俺は何と戦っているんだろう……)