火山で取材とか聞いてない
朝――
ナローは、まだ寝ぼけた頭で朝食のベーコンエッグを眺めていた。
コンコン……
ドアを小さく叩く音がする。
「こんな朝早くに、誰だ?」
ドアを開けると、そこには全力の笑顔を貼り付けた精霊編集・エディナが立っていた。
「ナローさん。取材旅行です」
(嫌な予感しかしねぇ)
◆
「なんで、目隠しされてるんだろう?」
包帯で視界を覆われたまま傾斜のある道を歩く。
「現地に着くまでのお楽しみです」
「俺、取材旅行って聞いたんだけど? ねぇ?」
「取材旅行です。ジャンルは“体感型サバイバル”」
「いやそれ旅行じゃねぇよ!!」
ナローの叫びは、勇者が轟音と共に現れたことでかき消された。
「待っていたぞ小説家ぁ!!さぁいざ行かん!遠そ……未開の地へと!」
(おい、この勇者今遠足って言ったぞ)
◆◆
到着した場所は、赤い煙と溶岩が煮えたぎる火山地帯だった。
「ええ!?ここ、火山なんですけど!? しかもめっちゃ活火山なんですけど!?!?」
「取材テーマは“極限状況下における人間ドラマ”です。ナローさんの創作にぴったりかと」
「いや“ぴったり”って使い方間違ってるって!?」
勇者はもう地面を素手で掘り始めていた。
「うおおおお! 地熱で卵が焼けるぞォォ! すごいぞぉ! 火山料理だ小説家ァ!!」
「俺、死ぬ未来しか見えねぇ!」
ナローは泣きながらノートを取り出した。
「……“第十五章、火山で溶けかけた俺の意志”って書き出しにしよう。なんだこの地獄……」
エディナは木陰から、冷たいラムネを片手にくつろいでいた。
「こういうのも、エンタメですね」
「編集精霊、もうちょい著者をいたわる気持ちを持って!? せめて氷くらいくれない!?」
◆◆◆
地獄のような火山旅の終盤、ナローは奇妙な老魔族と出会う。ヨボヨボだがどこか気品に溢れている不思議な老人だった。
「……我が一族は火山の爆発と共に、何百年もこの地を守ってきた」
「え、なんか感動的な話、始まった?」
老魔族の語る過去、失われた同胞、そして火山の怒りを鎮める歌――
その話はいつしか、ナローの創作魂に火をつけていた。
「……あれ? この話書きたいかも。こういう“熱”って、ちょっと燃えるな」
◆◆◆◆
帰還後――
「よっしゃあああ! 次の取材は雪山だな!!」
「お前は俺を“物理的に燃やした後に凍らせる”つもりなのか!?」
エディナは淡々と言った。
「いい作品には、四季折々の地獄が必要です」
「“編集は地獄に導く者”って言葉、あれマジだったんだ……!」
◆◆◆
夜、疲れ切ったナローは机に向かい、小説を綴った。
「――火山の中に、老魔族が守り続けた小さな神殿があった」
(……あの火山は地獄だったけど、アイデアは湧いたな)
ペンが進む。
描きたい情景が浮かんで来る。
(こりゃ二人に感謝しないとかもな)
その日の執筆活動は深夜まで続いたのだった。