魔界文学大賞!?①
朝から重たい空気が、部屋を包んでいた。
ナローは机に突っ伏し、死んだ魚のような目で原稿を見つめていた。
机の上には無数の書きかけ原稿と、カフェインの空き瓶。
創作に行き詰まるたびに飲んでいたが、今やその効果も薄れている。
「うう……やばい、俺の才能が尽きた気がする……」
「それは元からだろう」
エディナが何気なく言い放った。
透明な身体の小さな精霊は、悪意なくナローの胸を抉る。
殺意すら感じるが、殺しても死なないのが精霊の厄介なところである。
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そんな最中、魔王ルリスが大真面目な表情でテレビの前から声を上げた。
「ほう……ついに、今年の“魔界文学大賞”の応募が始まったか」
「いや、聞こえないふりするわ。俺には関係な――」
「ナロー。お前の作品が応募されている」
「してねぇよ!!」
椅子から転げ落ちる勢いで叫んだ。
しかし、ルリスは毅然とした顔のまま、頷く。
「お前が“異世界で小説家になろう”と言っていたのは、
そういうことではなかったのか?」
「いや、あれはただの願望っていうか、生活の一環っていうか!」
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エディナがメモを取り出し、淡々と読み上げる。
「応募されたのは『悪役令嬢エリシア、断罪のキスとともに散る』。
ジャンルは“百合バトルファンタジー風日常ラブコメ・第7部”。
ちなみにペンネームは“ナロ・リズム”。」
「誰だよそれ!? 俺なの!? 書いたっけそんなの!?」
ナローは頭を抱えた。
たしかに思いつきで書いたような覚えはあるが……
それが魔界の大賞に応募されるほどのものだっただろうか。
「副賞は“酒池肉林一泊二日ペア宿泊券”。」
「誰得なんだよその賞品!!」
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しかし、内心では少しだけ高鳴っていた。
魔界とはいえ、文学賞だ。
もしも受賞すれば……作家として、ようやく一皮むけるかもしれない。
(いや、でも……ガチな作家ばっかだったらどうしよう……)
その不安はすぐに現実になる。
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魔界文学大賞・参加作家一部紹介:
•地獄の詩人「ゾーネ・ヘルバン」
→ 作品:『地底を這う僕らは腐肉すらも光に変える』
→ ※全編五七五七七。なお意味は分からない。
•妖精族の人気作家「ポエミィ・ランラン」
→ 作品:『フワモコ牧場のこねこちゃんと学ぶ、契約魔法入門』
→ ※マスコットが一文字もしゃべらない。
「ちょっと応募者の方向性違いすぎない!?」
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それでも、ナローは筆を取る。
「よし……やってやるよ。
百合バトルでも悪役令嬢でも、いけるとこまで行ってやる!」
「ふむ……その意気や良し。ナローよ、ならば我が特訓をつけよう」
そう言ってルリスは腰の剣に手をかける。
「ちょ待て、何の? 剣の? それ小説関係なくね!?」
魔王の指導に巻き込まれつつも、ナローの胸にはほんの少しの自信と、
なぜか湧き上がる創作魂が灯り始めていた――。