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解放

 眼前に広がる景色の雄大さときたら、体裁だけ整えられた昨夜のギフトボックスとは大違い。


 白く煌々とした太陽を携えた快晴。深い藍色の内浦湾。フロントガラス越しに見据える駒ケ岳は、憎たらしいほどに堂々たる姿をさらけ出している。全てが完璧だ。


 レンタカーのエアコンを切って窓を開けると、乾いた夏風が勢いよく車内に飛び込んできた。


 左方の針葉樹林からはかすかな緑の香りが。北海道の短すぎる夏に生きた証を刻みつけてやろうと、無数のヒグラシが力の限り叫んでいた。


「素材の美味しさそのまんま! 身体と自然にとっても優しい、まごころのこもった本格派ジャム・ドレッシングなら北海道ルプスフーズ。朝の食卓を彩る……」


 ラジオからいつもの空元気な広告が流れてくる。僕は苛つきを覚え、すぐさまスイッチを切った。


 これから僕は、かつてない創造物に化ける究極の「種」を見つける旅に出るのだ。何人たりとも邪魔はさせない。阻害されてなるものか。


 持参したCDファイルのなかから適当な一枚を抜き取る。見ると、カナダの大学を中退することが決まったあの日、平日の昼間からバーで呑んだくれた後、バスターミナルに向かう極寒の道すがらなんとなく入ったCD屋で巡り合った、思い出の一枚だった。


 ディスクをプレーヤーに挿入すると、ファズで潰れたギター、箱っぽいベース、壊れたおもちゃみたいなドラムス、それに鬱憤を大爆発させたシャウトが、安っぽいスピーカーから野犬の群れのごとく飛び出してきた。


 そうそう、これだよ、これ。目の前の心癒される自然風景とは正反対な、このやかましさ。狂乱のノイズと相反する妙な安心感。やっぱりこれでなくちゃな。


 ボリュームツマミを最大限まで引き上げ、怒りのハードコアサウンドを全身で受け止める。相変わらず何を言っているのかはさっぱりだが、歌詞の内容には端っから興味がない。


 屈強なハードコアヘッズになった気分で首を縦に振りながら、助手席に置いたタッパに手を伸ばす。今朝方摘み取ったばかりのブルーベリーを数粒掴み、いっぺんに口のなかへ。顎を大きく上下させると、甘酸っぱい果汁が顔面の内部で爆発した。


 昨日で収穫作業は一段落ついたし、草刈りも当面分は済ませておいた。最盛期である今時期に畑をしばらくの間離れるのは気後れするけれど、日々の絡みつくタスクや雑念から開放されたこともまた事実だ。


 僕自身が社会的弱者であることも、なんだかんだ親に頼ってばかりの軟弱者であることも、いつまで経っても何者にもなれない雑魚であることも、今は一旦忘れ去ってしまおう。


 アルバイトも休みをもらったし、これからの四日間は丸ごと僕のもの。英断を下した自分に表彰状でも贈呈してやりたい気分だ。

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