孤羊(完)
荷物をまとめて座席を立ち、乗降ドアの前へ。
泣きすぎて疲れてしまったのか、半ば放心状態の赤ちゃんが、お母さんの肩に頭を預けて、こちらを一心に見つめてくる。
どこまでも透き通ったその瞳に、心が洗われる思いがした。
停車後、しばらくの間を置いてからプシュッと開け放たれるドア。先んじて降りたふたりに、僕も続く。
頬や耳、唇、むき出しの坊主頭、それに両手と、衣服に覆われていない肌という肌を、氷点下の冷気が瞬時に取り囲んだ。
身に凍みる寒さとは裏腹に、心のなかは、一筋の炎のような創作意欲に熱されて、芯から暖かった。
改札口を出た先のコンビニでふたりが買い物をしている間、僕は通路の壁に背中を預け、耳にイヤホンを装着して、猛り狂うハードコアミュージックを再生した。
雑踏をシャットアウトして、アイディアで騒々しくなった脳内へ静けさを取り入れるために。
(『衝動』と『愛』。それ以外はなにも要らない)
ペンを手に、ふと思い浮かべたフレーズをメモ帳へ書き留める。長年使い込んできたこの分厚いアイディア辞典も、いよいよ最後のページまでみっちりと使い切ってしまった。
今しがた、電車を降りた直後、唐突に降ってきたラストシーンにあてはめる最後のピース。今度はそれを、裏表紙いっぱいにでかでかと書き殴る。
それは、未来の自分に充てたエールだった。あるいは、僕の短すぎる人生においてきっと対面することの叶わない、親愛なる同志に手向けた言葉の花だった。
筆圧はあくまでも強く、ありったけの思いを込めて。
孤羊よ、創り続けろ!
ー完ー




