破顔
「あ、起きた? ちょうど今起こそうと思ってたところ。もうすぐ札幌駅に着くみたいだよ」
と、身支度を整えている柄ちゃん。モッズコートの襟からウェーブがかったミディアムヘアをフワッと取り出す。
少し右に焦点を移すと、颯くんがいそいそとリュックの中身を整理している。
スウェットの上に分厚いマウンテンパーカを羽織り、ポニーテールの毛先を手櫛で整えて、それから紺のキャップをかぶる。札幌のビル群を窓際に背負った彼は、一端のスケーターに見えた。
僕は天井の網棚からスーツケースを慎重に降ろし、なかから手土産の紙袋を取り出した。
念のため、もう一度中身を確認しておく。カシスジャムが二個と、ブルーベリー葉のお茶。あとは、柄ちゃんが新たに考えついたブルーベリー葉粉末のハーブソルト。農園のショップカードも入っている。忘れ物はないようだ。
数年前、丸井今井の画廊で会話した画商の彼は、まだ僕のことを覚えてくれているだろうか。きっと覚えてくれているはずさ。そうに決まっている。
彼の喜ぶ顔を思い浮かべるだけで、胸中に暖かなものが広がった。
「ジャム、喜んでもらえるといいね」
車窓から指す日光を受けて、柄ちゃんが微笑んだ。
「うん。でもこれから先、ちゃんとやっていけるのかな……。結局、まだ一本も売れてないのに」
彼女の眩しさに問答無用で気圧されて、僕はつい、俯きながら弱音を吐いてしまった。
「何言ってんの? そのために今こうやって、お世話になった人たちに配り歩いてるんじゃん! ウジウジしてんじゃねーよ!」
笑顔で僕の背中を小突く彼女。釣られた僕は、気がつくと破顔一笑していたのだった。




