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得心

「良かったな」


「え? どうして?」


「俺が言っていた通り、お前、誰もなったことのないものになれたじゃん。それに、ひとりぼっちじゃなくなったしな。紆余曲折はあったみたいだけど」


 足を組み、あの時と同じく慈愛に満ちた表情を浮かべ、そう告げる彼。純白のスニーカーが視界の端に映る。


「誰もなったことのないもの……。そんなの大げさすぎる。相変わらず、手を変え品を変え、新しい問題は次から次へと押しかけてきやがるし。しかも、いつまたバイト生活に逆戻りするとも知れないくらい常に崖っぷちだし、ひとりぼっちの生活に戻らないという保証があるわけでもない。明日をも知れない身の上は、今だってそうさ」


 僕はうなじを掻いたり、シートの手触りを意味もなく確かめたりしながら、偽らざる正直な気持ちを伝えた。


「それに、たぶん、誰もなったことのないものになるだなんて、本当のところはどうでも良かったんだと思う。最初っから」


 広角をにんまりと上げたまま、しばしこちらを真っ直ぐに見つめると、


「そっか。とにかく、元気そうで良かったよ」


やにわにそう言って、早くも席を立つ彼。


 せっかく再会できたのに、すぐにお別れするのは名残惜しくて、


「あのさ、あの時は話しかけてくれてありがとう。おかげで自分を見失わずに済んだから」


 僕は、かつて口にできなかった感謝の言葉を、ようやっと、今の彼に届けた。


 その瞬間、長い年月にわたって心のなかを彷徨っていた引っかかりが、一挙に霧散していく感覚を得た。


(野暮なことを言うなよ。そんなの分かってるって)


 彼の優しい眼差しはそう語っていた。


「じゃあな。もう行かなくちゃ」


 その分厚くて大きな手が僕の肩に再び触れた瞬間、カーテンを開け放つようにして瞼が開いたのだった。

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