閃き
ふぅ、ようやく今日のシフトが折り返し地点に到達した。やっとのことでたどり着いた、オアシスみたいな十五分間だ。
休憩室のドアを開け、端っこのパイプ椅子に座る。タバコの煙。汗。入り混じった男女の体臭。侘しいコンビニ弁当やカップ麺の匂い。それらが、一刻も早く帰宅したい思いに拍車をかけた。
売り場が綺麗にしつらえられたギフトボックスなら、休憩室は体裁なんてお構いなしの薄汚れた飼育箱だ。
僕たち現代人の人生なんて、学校とか、職場とか、家とか、大小様々な箱を行ったり来たりして終わっていくだけの、取るに足らないものなんだろう。
チーフを含めた女性スタッフ陣は、給湯室を挟んだ喫煙スペースに居座っている。いつものごとく、古参社員のおじさんの悪口を言い合って盛り上がっているようだ。
こちらまで筒抜けで響いてくるペリカンみたいな笑い声を背に、僕はリュックからメモ帳を取り出した。そして、新たな栽培品目についてのブレインストーミングを開始する。
ブルーベリーと収穫期がかぶらなくて、広い栽培面積を必要とせず、なおかつ加工品にできるものといえば……。
例えばトマトはどうだろう? いや、収穫期が思いきりかぶるから駄目だ。
ラズベリーの二期なり品種なら、秋にも収穫できるはず。だけど、露地栽培だと雨で実がカビてしまうから、ハウスは必要不可欠だろう。今のところ、新しい設備を導入できるだけの資金的余裕は到底ない。これもダメ。
それなら枝豆なんかは? ずんだペーストをつくって商品化してみるとか? でも枝豆は結構な作付け面積で植えないと利益なんて出ないだろうから、徒労に終わってしまいそうだな。
すぐに考えが煮詰まった僕は、パイプ椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げた。所在ない雨漏りの痕が、どことなく知らない土地の地図のように見えてくる。
あ、そうだ。いっそのこと旅にでも出てみるか。自分の頭であれこれ考えたところで、堂々巡りを繰り返すのは目に見えている。ネットや本を見てみても、得られるのは通り一辺倒な情報ばかりだし。
「それより青木なんだけど、あいつまた仕事中に携帯いじっててさー」
「またですかー? ったく、作業のペースも遅いしよ。マジで使い物になんないすね」
「ねー。それに、何考えてるのか全然分かんないですよね。入ってきた頃、気ぃ効かせて何回か飲みに誘ってやったのに、『酒は飲まない主義なんで』の一点張り。タバコも吸わないし、女っ気もまるでないし。何が楽しくて生きてんだか」
「あとあいつこないだ言ってたんだけど、なんかカフェインを一切摂取したくないとかで、コーヒーも飲まないんだって。エナジードリンクも飲まないし、さらには緑茶とか紅茶まで。マジでこだわりが謎すぎるわ。アハハ……」
普段なら、僕は駐車場に停められた社用車のなかで休憩を取っている。だから、悪口を言っている当の本人がすぐそばにいることに、彼女たちは気がついていないのだろう。
(ストレートエッジは、ハードコアミュージックの浸透していない日本だと変人扱いされる、と。自分の悪口を直接耳にしてしまって、とても嫌な気持ちになった、と)
胸ポケットからペンとメモ帳を取り出し、特に印象的だったセリフと、心に湧いた感情の姿を素早く書き出す。
それから僕は、充電器にセットしておいたリーダーを取り上げ、体裁だけ整えられたギフトボックスへ、しょんぼりとした足取りで戻ったのだった。
早くも、頭のなかは旅の予定でいっぱいになっていた。