完成
完成したばかりの原稿といっても、これはまだたたき台に過ぎない。それに、肝心要のラストシーンにはめ込む最後の文章が、どうしても浮かんでこない。今のところは一旦保留にしておいて、アイディアの女神様が微笑みかけてくれる瞬間を気長に待つしかないだろう。
なにはともあれ、登山でいえばようやく六合目あたりまでたどり着いた。ここまで来れば一安心というものだ。この先は、一番楽しみにしていた作業工程である「推敲」が待っている。
説明的描写と膨張気味な台詞をチェックアップし、必要不可欠な部分に関しては質量を限界まで絞り上げる。そして、ありきたりな手垢のついた日本語表現を、できるだけ自分独自のそれに変換する。
ちょっとやってみただけでも、荒削りな文章の形を整える推敲作業は、大好きな果樹の剪定作業にかなり通じるものがあるように思えた。これは全く予想だにしていなかった嬉しい発見だった。
プリントアウトした原稿を一から打ち直す推敲。音読する推敲。録音した自分の音読音声を聞き返す推敲。誤字脱字を修正する推敲。速読する推敲。文字を縦書きに変換してザッと読み返す推敲。そして、それから約一ヶ月後、プリントアウトした原稿を、一番最初の読者になったつもりでじっくりと堪能する最後の推敲。
それは、勢いの良すぎる若枝を切り返したり、使い古した老枝を更新したり、株の内側へ伸びた邪魔な枝を取り除いたりする作業と、本質的にはほとんど一緒のように思えた。
様々な種類の推敲を行うことによって、この作品はみるみる完成へと近づいていくのだ。
あらゆる角度から全体像を眺めつつ、細部に手を入れ続け、創造主である僕が「ここまで」と判断したその時、この作品はいよいよ世界に生まれ落ちるのだ。
窓辺から差し込む朝日に照らされた一枚のコピー用紙。そこに箇条書きで記されたいくつもの案を繰り返し目でなぞった。
冬を間近に控えた十月末の美しい早朝、いよいよ命名の瞬間が訪れる。
僕はひとつひとつの言葉をペン先でなぞったり、口に出してみたりしながら、ひときわ力強いそいつを、勢いのある筆圧でぐるりと囲んだのだった。
「孤羊よ、創れ!」




