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嗚咽

 漫画がズラリと並べられた棚を横切って、地味な稼働音を鳴らし続けるドリンクバーへ。


 マシンにセットした小さなカップにコーンポタージュを注ぎ、その場でツツッと味見してみる。


 天井の白いライトを見上げると、柄ちゃんとの丁々発止の争いが、ありありと脳裏に浮かんできた。


 あの日、彼女から食らった言葉のボディブローは、いちいち的を得ているからこそ、家出してから丸三日経っている今日もなお、じわじわと効き続けている。


 取引先が倒産して、大口の注文をキャンセルされたくらいで何をそんなに落ち込む必要があるのよ、ハードコアヘッズの真髄はD.I.Yドゥ・イット・ユアセルフ精神とかなんとか、カッコつけて言ってたくせに、か。


 うん、全くもってその通りだ。


 何が最強のジャムだよ。そんなに自信があるなら大穴ばっかり狙ってないで、一本一本コツコツ手売りしていけばいいじゃん、か。


 嗚呼、ぐうの音も出ない。


 まだやれることはいくらでもあるはずなのに、何を勝手に絶望して、しかも私に相談すらせず、前のアルバイトに出戻りなんかしてんのよ、か。


 本当に申し訳ない限りだ。


 そもそも、完成したカシスジャム、まだ両親にも金井さんにも送ってないってどういうこと? 今の自分があるのは、支えてきてくれたたくさんの人たちのおかげなんだよ? 相変わらず自分のことしか考えてないじゃん、か。


 そうだな。今も昔も、僕にごっそり欠けているのは感謝の気持ちだ。


 カップを手に個室へ戻り、PCの電源を入れて、ドギツイ青色の画面と向き合う。YouTubeを開いて「棟方志功」と検索した僕は、これまで幾度となく視聴してきた動画を無音のまま再生した。


 彫刻刀片手に、怒気迫る様相で版画板と格闘する志功が、いつものごとくそこにいた。その姿は、ハスカップの株元の草取り作業に没頭する、金井さんの凄まじい生気を連想させた。


 心の奥底から湧き上がってくる自己否定の声や、世間からの嘲笑に、志功や金井さんの魂は一度だって打ちひしがれたことがあったのだろうか。


 画面全体がみるみる滲んで、喉の奥から嗚咽が漏れ出てきたことに、自分のことながら大層驚いてしまった。ダメージジーンズの穴に涙が吸い込まれていき、太ももの側面を濡らしていく。


 ふいに右方の壁がドンッと鳴って、我に返った。隣室の利用客から抗議の意思が発せられている。


 僕は仕方なしにマスクを着用し、腫れた目元を右手で覆い隠しながら、トイレの奥にあったはずのシャワー室へと向かった。


 ドアノブに手を伸ばすと、そこには「清掃中」の札が。まったく、毎度のことながら僕の間の悪さは一級品だ。


 トイレの洗面所で目を洗って、しばらく間を置いてからレジに赴いて会計を済ませる。


 それから僕は、詫びしい小銭入れの中身をほじくるように確認しつつ、そそくさと店を後にしたのだった。

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