挫折
(未来は、どんな瞬間も、どんな場所にいても、どこまでも開かれているはずじゃなかったのか)
僕のカシス栽培は、ジャムづくりは、狂喜乱舞の祭典は、所詮、現実から逃避するための道具に過ぎなかったのか。
(俺、現実と向き合うのが怖くて、だから畑でモノづくりに勤しんでいる自分をただただ演じていたかっただけなのかもしれない)
ふたりの前であの言葉が自分の口を突いて出た瞬間、一番がっかりしたのは他ならぬ僕自身だったのかもしれない。
蜂の巣房を連想させる、整然と並んだ個室。阿呆みたいに突っ立ってずっと見つめている僕は、紛れもない阿呆だ。
今夜の僕にあてがわれた心の防空壕は、一番壁側のあれらしい。
力の入らない手でスライドドアを引き、タバコの匂いが染み付いた黒いリクライニングチェアにダイブする。
PCモニターの真っ暗な画面内に、虚無を見つめる三十路目前の男が映っていた。坊主頭に白髪が混じり始めたのは、一体いつ頃からだろう。
コンピュータケースの電源ボタンを押して、インターネットブラウザからメールを開く。早速も早速、レンタルビデオ店のオーナーから来週分のシフト表が届いていた。
この世で、およそアルバイトの出戻りほど恥ずかしい身分は存在しないはずだ。
もうじき農業だけで食べていけそうだからと、オーナーに退職理由を説明していた数週間前の自分を、力任せに殴りつけてやりたいくらいだ。
今は何も考えずただただ休みたいところだが、見込んでいたジャムと冷凍ブルーベリーの売上が全て水泡に帰してしまった今、目下の食い扶持を稼ぐためには、さらには借り入れた運転資金を返済していくためにはすぐにでも働き始めなければならない。それがありのままの現状だ。
(とてもじゃないけど、返していける気がしない。それどこれか、食っていける気もしない。夢を持った報いがこれか。人生、無理ゲーすぎんだろ)
メモ帳に、煙のような筆跡でツラツラと。どこまでも容赦のない苦境を突きつけてくる世知辛い現実世界は、気力と体力を搾り取られて死に体となっている僕に、束の間の休息さえ与えてはくれないらしかった。
画面内の自分と見つめ合っていると、ふいに、首元に太いロープがかけられた気がした。爪を立て、喉仏のあたりを掻きむしる。
一刻も早く楽になりたい。もう、それ以外には何も考えられなかった。
僕は首を左右に振り、わざと弾みをつけてチェアから立ち上がった。脈打つ心臓の音が背中の脂汗にまで響く。




