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糊口

 この無機質な空間には、人智を超えた何かが舞い降りてくる余地なんてこれっぽっちも残されちゃいない。


深夜帯のギフトショップは、大小様々な無機物が整然と並べられた、ただの四角い箱だ。


 スーパーマーケットだって、ドラッグストアだって、ホームセンターだって、誰もいなくなれば、同じようなただの箱。


 僕は商品棚の最上部に並べられたバルサミコ酢ドレッシングを裏返し、食品表示をバーコードリーダーでピッと読み取った。


 腰にぶら下げたティッシュ箱大の端末の「3」ボタンを中指で押して、小指でエンターキーを叩く。


 ふと、制服の胸ポケットで携帯が小刻みに振動した。周囲に他のアルバイトスタッフがいないか確認し、そっとしゃがんで、先日インストールしてみたラインアプリを開く。


 今日の午前中、ブルーベリー狩りをしに来てくれた親子連れのお母さんからメッセージが届いている。畑をバックに三人で撮影した記念写真も添付してあった。


 彼女が身にまとっている、様々な色や模様の布をつなぎ合わせた個性的なワンピースは、一体どこで買ったものなんだろう。


写真には、ワンピースの裾と彼女の息子の長髪が風に優しくたなびいている瞬間が、しっかりと捉えられていた。


「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました。そのうち作業のお手伝いをしに行ってもいいですか?」


 とのメッセージに、僕はすかさず「もちろんっす♪」と返した。


「青木! 仕事中に携帯いじるな!」


 背後でチーフの怒鳴り声が響く。


「次やったら今度こそ上に報告するわよ!」


 でかい図体を小さく縮こませる僕。草葉の陰でアオダイショウが通り過ぎるのをじっと待つ、ちっぽけなアマガエルになった気分だ。


 首をすくめたまま立ち上がり、二段目のカウントに。


 ラ・フランスのジャム、個数は十個、エンター。


 函館ジャム工房のりんごジャム、個数は五個、エンター。


 Tomatito Tomato Jam、個数は三個、エンター。


 グリデール・マーマレード、個数は三個、エンター。


 Little Forest Milk Jam、個数は八個、エンター。


 まごころイチゴジャム、個数は二個、エンター。


 まごころキウイジャム、個数は九個、エンター。


 まごころブルーベリージャム、個数は二個、エンター。


 まごころジャムシリーズのラベル裏面には、「販売者:ルプスフーズ」と記載されていた。奇しくも、昨日の商談会で見事なまでに鼻っ柱を折られた、あの社長の会社じゃないか。


 考えるまでもなく、この商品棚を獲得した各ブランドは、熾烈な競争を勝ち抜いた猛者たちだ。だからもちろんのこと、彼らの商品を頭ごなしに否定するようなことはしない。というかそんなこと、できるわけがない。


 だけど、僕ならもっとやれるはずなんだ。もっと凄いものを創れる。その確信があるんだ。


 にもかかわらず、深夜バイトにすがりつく他ない自らの現在地が、どこまでも歯がゆくて情けない。


(周回遅れも甚だしいな。何をどう頑張ったって、彼らに追いつくことなんか不可能さ)


(お前は、まだ自分が若いという事実に甘んじているだけだよ。大仰な夢を見ていられるのもせいぜい二十代のうちだぞ)


 ひと思いに息を止めて、残りの商品のカウントを一気に済ませる。

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