成長
それから僕たちは、できたてのカシスジャムをシフォンケーキにたっぷりかけて食べた。
函館市内でカフェを営んでいる柄ちゃんの姉が、丹精込めてつくったものだ。お供には、もちろんブルーベリー葉のお茶を。
絶妙な食感の生地にジャムのとろみが程よく染み込んで、そこにカシスの実の粒感も合わさり、舌の上で極上のハーモニーが奏でられる。
シフォンケーキの優しい甘みと、カシスの疲れをふっ飛ばしてくれるような程よい酸味に、奥深い香り。そこへ合流してくる、ブルーベリー葉茶のフルーティーな味わい。
優雅なティータイムとは無縁の生活を送ってきた粗野な僕にも、この組み合わせはこれ以上ないくらい完璧に思えたのだった。
「あのね、ママ。大事な話があるんだけど」
いつになく真面目な口調の颯くんが、フォークを皿の上に置き、ゆっくりと話し始めた。頭の上で束ねた洗いたての長髪を所在なさげに触っている。
「どうした?」
柄ちゃんが聞くと、しばらくの沈黙を噛み締めた後、意を決した様子で彼はこう言った。
「札幌に行ってる間、色んな大人の人に会ったでしょ? それで思ったの。指スケをやりながら、もっと色んな人と会ってみたいって。それで、あの、来月ね、東京で指スケの全国大会が開かれるんだけど、それに出てみたいなと思って。ひとりで東京に行ってもいい?」
颯くんの一言一言をしっかりと受け止めながら、柄ちゃんはあかぎれの目立つ両手をテーブル上に置き、それから、祈りを捧げるような形で組み合わせた。
子育てと創作、ふたつの一大プロジェクトに奔走してきたその痛々しい両手は、誇張でもなんでもなく、この世で最も美しい造形物に思えた。
視線の先を颯くんの手元に据え、ただただ静かに頷いている。その両目にはうっすらとした涙が滲んでいた。
「めっちゃいいじゃん! あゆの予定聞いてみよう」
柄ちゃんもまた、一生に一度しか訪れない、目の前の聖なる瞬間を、得難い感情を丁寧に味わっている。それがありありと伝わってきた。
独り立ちの記念すべき第一歩を踏み出した颯くんの顔つきは、心なしかいつも以上に晴れがましかった。
(未来は、どんな瞬間も、どんな場所にいても、ちゃんとどこまでも開かれているんだ)
僕は愛おしい親子の様子を見守りながら、フォークですくったカシスの粒を口に運び、大切に、心を込めて味わったのだった。




