安堵
とにかく、今は電力が復旧するのを待つしかない。力なく蝋燭を持って二階の元自室に行き、ベッドに横たわる。
枕元、乱雑に積み重ねられた文庫本の山へ視線を移す。そのなかから適当な一冊を引き抜き、弱々しい明かりを頼りに読み進めようとするも、活字の内容が全く頭に入ってこない。
僕は観念して蝋燭の灯を吹き消し、ブランケットのなかに潜り込んだ。
昨年の僕の誕生日に、柄ちゃんがプレゼントしてくれたアフリカ布のつぎはぎブランケット。そのつなぎ目を指でなぞっていると、ひどい喧嘩の内容が鮮明に蘇ってきた。
あんなにもひどい暴言を吐いたまま、彼女をきちんと見送りもしなかった僕は外道以外のなにものでもない。
これほどまでにどうしようもない僕を支え続けてきてくれた大切な人に対して、よりにもよってあんな言葉を、よくもいけしゃあしゃあと吐けたもんだ。
悲しそうに睫毛を伏せていた颯くんの表情が胸に痛い。
大切な人たちとの繋がりがいかにありがたいものなのか、身に沁みて痛感するのは、決まっていつもこんなひとりぼっちの夜だ。
すぐにでも電話をかけて謝りたいところだけど、今はそれもできない。
きつく瞼を閉じると、ミシンに向かう柄ちゃんの姿が闇のなかに浮かんできた。
僕は、何度も、何度も、心のなかで柄ちゃんに対して放った言葉を悔いた。ふたりが帰ってきたら埋め合わせをしたい。もしも許してもらえるのなら、どうしても。
押し寄せる後悔の念に、僕は外が白み始める時刻まで身悶えしていたのだった。
いつの間にか入眠していたらしい。目を覚ますと、窓の外の太陽が空のてっぺんで照っていた。
寝ぼけ眼のまま車道の方へ視線を移すと、横断歩道の信号がチカチカと点滅していた。
電力が戻った街は、まるで昨日までの出来事なんか初めからなかったのではないかと錯覚するほどに、いつもと変わらない日常を刻んでいた。
僕は額の脂汗を拭うと、急ぎ足で一階に降りて、業務用冷凍庫四代の様子を確認した。ああ、良かった、どれもちゃんと稼働している。
思わず、深い深い安堵のため息が口から漏れた。ズボンのポケットから取り出した自分のメモ帳を開いて、一行分だけペンを走らせる。
(2018年9月10日。とにかく、何に対してかは分からないが、この世の全てに感謝したい心境だ)




