懇願
丹振東部地震が発生して、全道がブラックアウトしてからもうすぐ二日が経とうとしている。
スマートフォンや家電は使えず、ネットも繋がらない。この現状を鑑みると、恐らく、近くの基地局や通信設備はシャットダウンしてしまっているのだろう。
個展が無事終了し、そのままホテルに宿泊していた柄ちゃんと颯くんは、今も自室で待機しているはずだ。
あちらには食料や電気も十分な備蓄があるだろうから、ふたりはきっと大丈夫。
それよりも、目下最大の危機にさらされている、大切な、大切な冷凍ブルーベリーとカシスをなんとしてでも守り通さねば。
冷房の効いていない家のなかは全ての窓を開け放っても変わらず蒸し暑く、居間の業務用冷凍庫四台に収めた合計四百キロあまりのベリーたちが、恐るべき熱気に、じりじりと侵されていく。今の僕にはなす術がない。
市内の冷凍倉庫業者に預けてある合計七百キロあまりのブルーベリーはきっと大丈夫だ。向こうにはちゃんと予備電源があるはずだから。
とにかくもう一度頭を冷やして、冷静に考えてみよう。ここにあるベリーたちは、恐らくあと一日程度ならなんとか持ちこたえられるはず。
だけど、この停電がこれから先、例えばあと数日間にわたって続いていくとなると、いよいよ絶望的だ。
万が一この状態が一週間以上も続くようなことになったら、やはり全量廃棄処分は免れないだろう。
一旦溶け出してしまった冷凍ベリーは、ゲル化成分であるペクチンが完全に破壊されて、出荷はおろか、ジャムに加工することもできなくなってしまうのだから。
そんな最悪の事態だけは絶対に避けなければならない。でも、どうやって?
どうしてこんな非常時に限って、保管しておいたモバイルバッテリーがちゃんと稼働してくれないのだ。間の悪さにおいて僕の右に出る人間はいないと、今なら断言できる。
(こんなことなら、ケチケチせずに新品のバッテリーを購入しておくべきだった)
不用意な自分が痛いほど悔やまれる。
ペンを床に力いっぱい投げつけると、僕は蝋燭の炎を前に、肘と背中を丸めた。抗いがたい切迫感に心臓が押しつぶされてしまいそうだった。
まだ幼い我が子が深刻な病気にかかって、だけど自分は保護者としての責務を何ひとつとして果たしてやれない時、世の親たちはきっとこんな無力感に苛まれるのだろう。
金井さんは今頃どうしているだろう。冷凍保存しているハスカップたちは無事だろうか。
見学で訪れたチーズ工房のおじさんは、僕以上に大変な思いをしているに違いない。
暗闇のなか、いつもより輪郭の太い月をしばらくの間見つめた後、僕は柄にもなく、人智を超えた大いなるなにかに必死の助けを乞うたのだった。




