収穫
今日もよく統率の取れた木々の隊列は、新たなる人生のスタートを切るように、夏の青空に向かって目一杯背伸びしていた。
頭上には、灰色と白のグラデーションが印象的な入道雲。彼方に横たわる呑気な函館山と戯れている。
蝉の雄叫びやら、カラスの鳴き声やら、小鳥たちの囀りやら、虫たちの羽音やらで、農園全体はひっくり返ったような大騒ぎだ。
堂々とした体躯の枝々へ、そよそよとした隙間風を存分に取り込んでいるカシスたち。その芳醇で奥深い芳香を、これまた堂々と、あたり一面に振りまいている。
濃い緑色の葉を傘にした、黒真珠を彷彿とさせるカシスの実は今まさに葡萄のような房なり。人間の手によって収穫されるのを今か今かと待ち望んでいるのが分かる。
僕はベリーピッカーの取っ手を握り、先端部のギザギザをたわわな房に引っ掛けた。
そのまま引っ張ると、こそぎ落とされたたくさんの実が、本体のなかへ連なり落ちていく。その音と感触には、充実感たっぷりな心地良さがあった。
額から吹き出す汗は、つつと首筋を伝い、背中の溝へ。これぞ夏本番の暑さだ。
体力と気力は一定に保ったまま、しかし、少しでも早く、少しでも多く。
効果的に収穫作業を進めるため、腕の動かし方やフォームを随時研究していると、まるでプロのアスリートにでもなったみたいな気分だ。
房なりの実は、まだまだたくさん残っている。先はいくらでもつかえている。だからどんどん、どんどん、もっと、もっと……。
「おい、ばんちゃんってば。おーい、話聞いてた?」
隣で収穫作業を手伝ってくれていた柄ちゃんが、こちらを訝しげに睨みつけていた。
「あ、っと。ごめんごめん、ちゃんと聞いてた。颯くんのことね」
個展の準備でここ一ヶ月間あまり大忙しな彼女は、日増しにイライラを募らせてきている気がしないでもない。いや、確実に募らせている。
近頃は寝不足気味らしく、目の下にうっすらとしたクマができていた。
「難しいんだよね。どこまで手助けしてあげるべきなのか、放っておくべきなのか、怒るべきなのか。手探りでやっていくしかないから、どうしたら良いのかが全然分からなくて」
僕は頷きながら傾聴に徹した。僕みたいな木偶の坊からアドバイスをもらうまでもなく、こうやって色んな思いを口に出していくことで、彼女は自分なりの方針をちゃんと見定めていくだろう。




