純粋
「ねえ、指スケの動画撮影やろう」
そう言って立ち上がり、再び走り始めた颯くんの後についていく。
駐車場に戻り、車のトランクから取り出したのは、昨夜一緒につくった、指スケ専用の木製ミニチュアセクションだ。
一メートル四方の板の上には、木材を組み合わせてつくった階段、手すり、スロープなど、趣向を凝らしたギミックの数々。
改めて見ても、初めてつくったにしてはなかなかの完成度の高さだった。
さっきのゴールポストのあたりまで戻って、草むらに直接セクションを置く。地面にあぐらをかき、胸ポケットから指スケを取り出すやいなや技をきめ始める颯くん。
新しいセクションでの鮮烈デビューを、脳内で繰り返し演出している様子だ。
僕はジーンズのポケットからスマホを取り出して、華麗に舞う彼の指先と板を様々な角度から録画した。
中空に放った板を複雑に回転させる技は、成功するまで度重なる録り直しが必要だった。
同じ技に繰り返し挑む彼の姿を観察しながら、なんとなく問いかけてみる。
「将来、プロになりたい? ここまで上手だったらなれそうだよね」
「プロ? プロは別にいいかな、ならなくても」
どうして? と素朴な疑問を投げかけた僕に、彼は一旦手を止め、顎に人差し指を当ててこう言った。
「んー、人に勝とうとしたら楽しくなくなっちゃうから」
さも当たり前といった風に続ける彼。その時、僕は目から鱗が落ちていく実感をはっきりと得たのだった。
人に認められたい。世間を見返したい。優れた結果を残したい。そんな承認欲求と上昇志向にすっかり支配されきっていた僕のさもしい精神は、彼の持つナチュラルな価値観に思い切りぶん殴られたのだった。
かつて少年の頃は、僕の心にも彼と同じようなピュアな思いが宿っていたはずだ。
だけどその純粋性は、様々な苦い経験や悔しい体験を経て、いつの間にか、鉄さびにも似た固定観念にすっかり覆われてしまっていたのかもしれない。
今、その鉄さびがベリベリと剥がれ落ちていくのを感じ取れる。
(俺をぶん殴ってくれてありがとう)
感謝の言葉を伝える代わりに、僕はすぐそばにあった自動販売機で飲み物を三つ買った。
甘党の僕はコーラで、炭酸が苦手な颯くんはトマトジュース。コーヒー好きの柄ちゃんにはブラックの無糖。
ベンチに横並びで腰掛け、ささやかな乾杯をする僕たち。春の陽気で火照った喉に、冷たい炭酸の泡が染み込んでいく。
出会ったばかりのふたりも、それから畑の木々も、これから先、同じ時間を共に過ごせば過ごすほど、かけがえのない存在になっていくのだろう。
だとすれば、見返りを一方的に求めた末のがっかり感も、後味の悪い気まずさも、ひどい喧嘩も、意図せぬすれ違いも、互いの絆を深めていく上では、不可避かつ不可欠なものなのかもしれない。
遠くから轟いてくる貿易船の汽笛は、新たなる人生のスタートを知らせてくれているのかもしれなかった。




