触発
二日後、夕食にお呼ばれした僕は柄子さんのアパートを訪れた。
夕焼けと星空の中間みたいな空模様を背景に、彼女の自宅兼アトリエは、川沿いの道すがら、独りごちするように、なんとはなしに佇んでいた。
近くの玉ねぎ畑やじゃがいも畑から、風に運ばれてくる微量な土の粒子。
住宅街を包む夕餉の香りが、乾ききってひび割れた独り身男の心に染み渡った。
何気ない営みの風景。帰路に着く人々。暮らしの温かみ。自分で自分を鼓舞し、モノ創りに没頭してきた僕が久しく触れていなかったものだ。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、風呂上がりらしく、長い髪を頭頂部で丸めた颯くんがはにかみながら出迎えてくれた。
「あ、ども」
子供相手に「ども」はないだろう。自分自身にツッコミを入れつつ、先日の反省を生かして持参したアイスクリームとブルーベリージャムが入った紙袋を手渡す。
僕が予想していた以上に、彼の大きな瞳は喜びと興奮でさらに大きくなった。
キッチンで洗い物をしていた柄子さんに挨拶してリビングへ。
アフリカ布らしきカラフルなカーテンや、異国情緒あふれるオレンジ色のランプに、壁にかけられた家族写真。日本ではない、どこか別の国の家にやってきたみたいだ。
窓の前には、百貨店によくあるような女性型のマネキンが立っていた。
花柄、コーデュロイ、無地など、様々な黄色の布を継ぎ合わせて創られた、華々しくも上品なワンピースが着せてある。
僕の視線は、意図せぬ間にその黄色い芸術作品へと固定されていた。
鮮やかな黃、濃い黃、くすんだ黃、そして名前の分からない花々の模様が、一見ランダムに、しかし極めて緻密に組み合わせてある。ゴッホの名画「ひまわり」の世界観を、そのまま一着の洋服に落とし込んだような印象だ。
「それはね、今日完成した一点もののワンピース。いいでしょ?」
お客さんから使わなくなった洋服を何点か預かってバラバラに解体した後、自ら仕入れた各国の布もかけ合わせて、世界にひとつしかないアイテムを創り上げていく。それが彼女の創作スタイルらしかった。
僕は思いつく限りの賛辞を述べたが、並べたどの言葉も、この感動を伝えきるには不十分だった。
依頼主が普段考えていること、半生を通して形成してきた価値観・信念。
まずはそれらをちゃんと聞き出して、次に、その人が喜んでくれる顔を想像しながら、使い古されて要らなくなったモノ、世界の片隅で忘れ置かれていたモノ、まだ誰の目にも触れていない新しいモノを、自由な発想で解体したり、組み合わせたり、繋ぎ合わせたり。
そうやって、世界にひとつだけの作品を生み出し続けているのだという。なんて素敵な仕事なんだろう。
僕はズボンのポケットに突っ込んだままだった両手を出し、ワンピースの袖に軽く触れてみた。
「なんか、あれっすね。俺、人に喜んでもらおうとか、誰かの役に立ちたいとか、あんまし、っていうか全然意識してなかった気がします。柄子さんみたいに」
謙遜する柄子さんは、そんな僕にも人並み外れた集中力と根気が備わっていると褒めてくれたが、それも、金井さんみたいな本物のなかの本物と比べたら、全くもって比べるべくもない。
持ち主に喜んでもらいたい一心で、その人のことを想って、粛々と創作作業に向かうその愛情は一体どこからきているのだろう。
女性特有のものなのか、それとも柄子さんならではのものなのか。僕には、その慈しみ深い心が不思議でならなかった。




