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触れ合い

 この短時間の会話で分かったのは、柄子さんの興味の対象が、(当たり前のことだけど)僕とは全然違って、果樹だけに限定されていないということだった。


 彼女の視線は、畑の隅々に存在している様々な命や、そこかしこで発生しているごく小さな自然現象にも余すことなく向けられていた。


 その豊かな眼差しは、僕の狭くて窮屈な視野をものの十数分間で拡張するに十分なものだった。


 名も知れぬ雑草や、懸命に花粉を運ぶ蜂たち、木々の間に張り巡らされた蜘蛛の巣、葉の裏に潜んだ珍しい色の毛虫。


 果樹をひたすら育てて、たくさんの実を収穫することばかり追い求めていた僕の目には、全くといって良いほど映っていなかったものばかりだ。


 そのへんにいくらでも生えているヨモギは、柔らかい先端部を切り取って天日干にするとお茶っ葉として活用できるし、エゾネギは豚肉と一緒に炒めたり、すき焼きに入れたりするととても美味しいらしい。フキノトウのことはさすがに知っていたけれど、収穫した茎を下処理して味噌汁の具にするだなんて、梅雨ほども考えたことがない。


(身近な場所にも、食べられる草がたくさん生えていることを知った。なんか得した気分)


 僕はポケットからメモ帳を取り出し、新たに得た知識を記録した。


「いやいや、そんなことわざわざメモんなくたって。盤君って本当に真面目だね」


 そうか。状況をかえりみず、なんでもかんでもその場でメモる奴は、傍目から見るとやっぱり変なのか。


「ねー! おーい! ねーってば!」


 コンテナハウスのあたりから、僕たちのことを呼ぶ颯くんの声が聞こえてきた。


「はーい!」


 呼応する柄子さん。ふたりで行ってみると、


「盤さん、これ押して!」


 颯くんは、ジーンズとパーカーに泥が撥ねているのを一向に構う様子もなく、一輪車の荷台に収まり、満面の笑みを浮かべていた。


 子供そのものが無邪気なのか、それとも彼がひときわ無邪気なのか。僕もかつては彼みたいな少年だった気がする。


 一輪車の取手を掴んで揺らすか細い二の腕と連動して、背中まで伸びた髪が揺れている。それは、よく手入れされたサラブレッドの毛並みを連想させた。それにしても瞳の大きな子だ。僕は脈略もなくそんなことを思った。


 はりきって取手を握り、びっくりするほど軽い体を持ち上げると、高いはしゃぎ声を発し喜びを表現する颯くん。ご所望の疑似ジェットコースターを、飽きるまで何度も提供してやる。


 背後で笑う柄子さんに釣られて、こちらの口元も自然と上へ引き上がる。


 子供ひとり分の体重が加算された一輪車を力いっぱい押して走りながら、僕はあることに気がついた。


(あれ? そういえば俺、今笑ってる。声を出して笑うのなんていつぶりだろう)


 今日は日がな一日声帯を震わせていたからだろうか。風邪のひき始めの時みたく、ちょっとだけ喉が痛い。

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