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救出

 迷いの雲が跡形もなく消し飛んだはずの先刻の青空は、あっという間に機嫌を損ねてしまったようだ。


 分厚い灰色の雲から落ちてくる不規則な雨粒が、鬱陶しくてしょうがない。だけどこんなショボい小雨程度じゃ、僕の創作意欲を引っ込める理由としては役不足だ。


 実家の左隣にある英語教室の先生が、地面にへばりついて草取りをしていた。


「おはざいますぅ」

と声をかけてみたが、ボリュームが小さすぎたのだろう、こちらに気がつく様子はない。もう一度挨拶をしようとして、僕は不甲斐なくも諦めた。


 玄関のドアを開けて、下駄箱の上に丸めて置いておいたつなぎとレインコートを着込む。それから長靴を履いて、家の裏手に広がるブルーベリー畑へ。





 夏草の蒸れた匂いと、ハーブ類から放たれる歯磨き粉に似た香りがないまぜになって、一帯の空気を満たしていた。


 千株近い緑の一個小隊を真正面から見据え、祈るような気持ちで、両手を思い切り叩き合わせて破裂音を発生させる。


 予想に違わず、一番右に整列している晩生種の列から、ムクドリの群れが一斉に飛び立った。お前らのために丹精込めてブルーベリーを育てているわけじゃないんだぞ。クソ忌々しい鳥どもめ。


 近づいて被害の程度を確認してみると、昨日までは収穫されるのを待ち侘びていた完熟果が根こそぎ消えてしまっていた。


 兵どもが夢の跡とはまさにこのこと。晩生種は今年もあえなく全滅だ。


 こんなことなら、思い切って防鳥ネットを導入しておくべきだったか。畜生、来年こそは……。


 こんがらがった思案を重ねつつ、倉庫に併設したコンテナハウスへ向かう。


 鎌とゴム手袋を手にして、しつこい霧雨をものともせず、圃場内を突き進んでいく。








 最奥のエリアには、栗、クルミ、杉などといった雑多な老木が横一列に並んでいて、それらのお膝元一帯を、今日も今日とて、野党みたいにタチの悪い蝦夷笹の群れが占拠していた。


 ふいに目の前を、花札の世界からそのまま飛び出してきたようなオス雉が走り抜けていく。


 近づいてくる人間の気配を早々と察知して、安全圏へ避難したのだろう。


鮮やかな赤と緑の胴体に、よく締まった体躯。見た目は豪奢ででかいくせに、長時間にわたって空を飛ぶこともできなければ、外敵に立ち向かう勇気だってこれっぽっちも持ち合わせていない。


 そのヘタレ具合がまるで僕そのもので、妙な親近感を覚えてしまう。


 あいつが走り去った先、あの右端のクルミの木の下あたりに、じいちゃんが昔植え付けたカシスが一株だけあったはずだ。


 人間の背丈に届かんばかりの笹どもを鎌片手に押しのけ、奥へ奥へ分け入っていくと、鬱蒼とした茎葉のなかに、ひょろ長い枝を申し訳程度に生やした、か細いカシスの株を発見したのだった。

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